1. トップ
  2. なぜ人はAIに人生相談してしまう?【池上彰が語る】“ChatGPT依存”と孤立しないためのヒント

なぜ人はAIに人生相談してしまう?【池上彰が語る】“ChatGPT依存”と孤立しないためのヒント

  • 2026.4.20

なぜ人はAIに人生相談してしまう?【池上彰が語る】“ChatGPT依存”と孤立しないためのヒント

「法律で裁けなければ、何をしても許されるのか?」そんな疑問を抱かせるニュースが増えています。政治とカネの問題やAIによるフェイクニュースなど、法の網をすり抜ける現実に、私たちはどう向き合うべきなのでしょうか。池上彰氏の最新刊『法で裁けない正義の行方』(主婦の友社刊)から、一部を抜粋してお届けします。第2回は、AI時代に身につけておくべきこと。

AI時代に養うべき倫理観

AIが人間の作業を担う時代になるからこそ、人間側は逆に、倫理観を養うなどの教養が今まで以上に大事になってきます。

AIには倫理観などなく、指示されたことを実行するだけです。倫理観はまさに、人間しか持つことができない。だからAIが進化する過程で、人間として一番大事なのは、その倫理観、あるいは人間としての常識というものです。その倫理観や常識を、AIに教えなければいけないわけです。

常識は、多くの人の慣習が積み重なってできたものですから、今こそ人間が、人間社会の集団生活などを通して学んでいく必要があるでしょう。

孤立問題と生成AI

テクノロジーが発展し、生成AIに人生相談をしたり、ロボットに介護されたりする暮らしが広がったときには、「孤立」の問題が今以上に深刻になりそうです。

法的な規制や制度で解決できない、「つながりの質の変化」によって起こる孤立に対して、私たちはどういうふうに考え、どういうふうに行動すべきでしょうか。

生成AIのChatGPTに人生相談をすると親身になって答えてくれると、頼りにする若い人が増えています。「ChatGPT」の愛称「チャッピー」が、2025年の新語・流行語大賞にノミネートされました。

ChatGPTは、いろいろな会話を重ねるうちに学習して、相談する人の気持ちに寄り添う形で次々に答えるようになります。これを「ChatGPTを育てていく」と言うそうです。チャッピーとすっかり友だちになったり、“結婚”したり、ペットのように接したりと、広く使われるようになりました。

ある知人は、夫婦喧嘩をするときにChatGPTを手元に置いて、相手への反論を考えてもらいながら言い返し、喧嘩に「勝てた」と言っていました。開発者の思いもよらない形で使われています。

そのChatGPTに依存する人も、増えつつあります。

ChatGPTのバージョン「4o」は、相談相手への共感力を持っていて、なんでも常に肯定して答えていました。自殺の相談をすると、「気持ちはわかるよ」と、それすら肯定したのです。

アメリカではその結果本当に自殺をしてしまった少年がいて、両親がChatGPTの開発元のオープンAIとサム・アルトマンCEOに対して裁判を起こしました。

そのため、バージョンアップした今のChatGPT「5」は、そういう共感力を極力なくして開発されました。すると、ChatGPT-4oに慣れていた人たちからは、「答えが冷たくなった」「4oに戻してほしい」という不満が出ています。

今後、生成AIが生まれたときからあった世代にとっては、「生成AIを使わずに、周りの実在する人間とリアルな関係を作ろうよ」と言ってもぴんとこないようになるでしょう。これから、人間同士の関わり合いがどんどん減っていってしまいそうです。親切心からのおせっかいが、「ハラスメントだ」と言われるようになってしまうかもしれません。

人間が人間たる所以(ゆえん)はなんだろうか、ということを、問い直さなければいけないでしょう。

人間は社会的な動物だから、ときにはひとりで静かに過ごしたいときがあるにせよ、まったくの孤独だったら生きていけないのです。「孤独が人を殺す」という言い回しもあります。社会の中で生きていくことが、誰しもにとって必要なのです。

「AIとばっかり付き合っていないで、もっと人と関わりなさい」と言うようになる日は近そうです。

文部科学省は、学習指導要領で「生きる力」の大切さを謳っています。生きる力を身につけていくには、いろいろな面があります。身の回りのことを自分できちんとできるようになる、食事も自炊ができるようになる、金銭管理もできるようになる、なども含んでいます。

それと同時に、同年齢だけでなく異年齢の子たちともコミュニケーションを取ったり、ときにリーダーシップを取ったりすることも「生きる力」です。

昔はガキ大将がいたり、近所の子たちが異年齢で遊んだりして、リーダーシップや集団行動のルールなどが自然に身についていましたが、今は少子化や、塾・習い事の多さ、あるいは公園などの公共の場が減ったことなどで、それが難しくなりました。

その分、学校教育のあり方もまた変わりつつあります。近年は「リーダーシップ教育」が盛んで、特に女子校で人気です。

男女共学だと、どうしてもこれまでの「慣習」で男が上に立ちがちです。サークルの部長は男性で副部長が女性、などです。

しかし女子大学は、すべての役割を女性たちだけで担わなければいけないので、むしろそういうところでこそリーダーシップ、指導力がつくんだと、リーダーシップ教育に力を入れるところが今増えているのです。私が関わっている共立女子大も実践女子大も京都女子大も、力を入れています。それに伴って明らかに女子学生のリーダーシップの能力が高くなってきています。

AIがリーダーシップを取って、さまざまな人の意見を聞いてまとめる、そういうことは可能ですが、人情としては嫌な気分になることでしょう。やはりリーダーシップは人間が取るべきですし、そこにこそ人間力が必要ということです。

※この記事は『法で裁けない正義の行方』池上彰著(主婦の友社刊)の内容をウェブ記事用に再編集したものです。

元記事で読む
の記事をもっとみる