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【泉ピン子さん・78歳】夫の先祖の墓には入りません。死んでまで“渡る世間は鬼ばかり”は勘弁よ

  • 2026.4.11

【泉ピン子さん・78歳】夫の先祖の墓には入りません。死んでまで“渡る世間は鬼ばかり”は勘弁よ

朗読劇で、終活を始めた75歳の母を演じる泉ピン子さん。5年前に恩師、橋田壽賀子さんを見送り、自身の“しまい支度”にも思いを巡らせます。お墓を建て、身辺整理に着手しつつも、今を楽しまなきゃと“推し活”に励む。皮肉と笑いの奥に人情がにじむピン子節をお届けします!

Profile
泉ピン子さん 俳優

いずみ・ぴんこ●1947年東京都生まれ。
18歳で歌謡漫談家としてデビュー。
75年『テレビ三面記事 ウィークエンダー』でリポーターを務め注目され、その後俳優として活躍。
NHK連続テレビ小説『おしん』や、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』など橋田壽賀子作品には欠かせない存在に。
2019年に旭日小綬章受章。
近著に『終活やーめた。』(講談社)。
60代から熱海で暮らし、週末婚を実践。

自分の墓はすでに建て、終活は終わったも同然

4月から東京を皮切りに各地で上演される声舞劇『終活を始めた途端、55歳の息子が帰ってきました』に出演する泉ピン子さん。

声舞劇とは、“声を駆使して、舞うようにストーリーを展開する”朗読劇のこと。この作品で、ピン子さんは、終活を始めた75歳の母を演じる。ピン子さん自身も、70代にさしかかった頃から終活を意識し始めたと話す。

「70を過ぎたら、いつ死ぬかわかんないからね。私は6年前に、自分のお墓を建てました。だって夫の先祖が眠る九州の墓に入るのはイヤだもん、墓の中のご先祖たちに『初めまして。武本(本名)の嫁でございます』なんてペコペコ挨拶するのは(笑)。あの世までも“渡る世間は鬼ばかり”は勘弁よ」

のっけからクスッと笑いを誘う軽妙なピン子節が炸裂。

「私と夫が入るお墓は、熱海の自宅から車で10分ほどの霊園にあります。墓石をピンクにしたくて、希少な薄いピンクの御影石を取り寄せてもらったんです。墓石には夫の直筆の文字を堀った『ありがとう 武本』と。私が死んだら武本の名でお墓に入ることになるでしょ。泉ピン子の名を残したくて、墓石のサイドに『泉ピン子 建之』と入れてもらいました」

闇雲に手放すのはやめた。価値のわかる人に譲る

ピン子さんが東京から熱海に移り住んだのは約15年前。脚本家、橋田壽賀子さんに「こっちに越しといでよ」と誘われたのがきっかけだった。周知のとおり、ピン子さんは橋田ドラマの常連女優。私生活でも二人は「ママ」「ピン子」と呼び合う親子のような関係だった。2021年に橋田さんを看取ったピン子さんは、自身の身辺整理を考えるようになったという。

「私は昔、ブランド好きで有名だったでしょ(笑)。クローゼットの中に一度も袖を通していないエルメスのロングコートとか、ブランド物がいっぱい眠っているの。年とって背が3センチも縮んだから、コートの裾が床についちゃって。着られないから、親しい後輩の女優さんにサイズや好みが合うものを譲ったりしました」

とはいえ膨大な量。なかなか減らない。そこで、テレビ番組の取材に応じ、「手放すことを考えています」とクローゼットの中を公開したところ、思わぬ反響が。

「バーキンや宝石を『譲ってください』という手紙がバンバン届いたのよ。『それを売って借金返したい』だって。ふざけんな! 私が汗水垂らして働いたお金で買った思い出の品を、なんで見ず知らずの人にあげなきゃいけないのよ。そういう人間のあさましさに辟易して、終活はやめにしました」

棺に入れるのは恩師二人からの暖簾と着物

一方、潔く手放したものもある。

「長い女優生活で、映画や舞台の演技賞をいくつかいただいたけれど、ブロンズ像も賞状もほぼ捨てました。だって、私が死んだあと、夫が困るでしょ。妻が頑張った証しを簡単には捨てられないと思う。だから私が自分で処分してあげたの。ただ、国からいただいたご褒美、旭日小綬章の勲章は別。私の骨壺に入れてもらいます」

「お葬式はしません、戒名もいらない」と言いつつ、こんな要望を口にする。

「私が結婚したとき、尊敬する杉村春子先生に藤の花の着物をいただいたんです。死装束は、その着物をかけてもらうの。それと、暖簾。役者は舞台に出るとき、楽屋の入り口に暖簾をかけるんだけど、暖簾は先輩から贈られるのが、しきたり。私は杉村先生と橋田先生から素晴らしい暖簾をいただいて。それもお棺に入れてもらいます」

「橋田先生のように逝きたいわね」とポツリとつぶやく。

「桜の季節。家のベッドから大好きな桜を眺め、眠るように息を引き取った。私が死化粧をし、顔の周りに桜やチューリップなど庭の花を飾ったの。最後は『千の風になって』の曲を流して、みんなで歌いながら送りました。私のときは、矢沢永吉様の歌をかけてもらいたい。キャロル時代から永ちゃんのファン。推し歴50年よ」

ピン子さんはエンディングノートなどは作成しておらず、こうした希望を夫や親しい人に口で伝えている。「私が言ったとおりにしてくれなかったら夫を恨む」と笑う。

夫より自分のほうが先に逝く、という前提で話をするピン子さん。

「うちは夫が4つ下だしね。残されたほうは、いろいろ手続きや始末をしなきゃいけないし、面倒くさいでしょ。私は先に逝きたいわ」

終活より今の健康が大事。生きがいは仕事と大谷君

終活にエネルギーを注ぐより、「今の自分のために時間とお金を使いたい」と言う。

「ピンピンコロリが理想。そのためには生きているうちは健康でなきゃ。私、家にいるときは料理は自分で作り、夫にインスタントものを食べさせたことがないんです。ところが今は、平日に夫は東京で仕事をして、週末だけ熱海に帰ってくる。自分一人だと料理するのも億劫。りんごばかり食べていたら、病院の血液検査で、栄養失調と言われちゃって。以来、たんぱく質をたくさん取るように心がけています。週末は豚しゃぶと、夫が買ってくるお刺身が定番」

体調を整え、4月末から声舞劇の全国ツアーに臨む。

「決して観に来てくださったお客さまに損はさせませんよ。芸能生活50年以上の私の集大成。さっきも言ったように、人間いつ死ぬかわからないからね。いつだって、これが最後のつもりで、全力で取り組みます。千秋楽の7月までは死ねません」

と真顔で語ったあと、「私、今年のWBC(ワールドベースボールクラシック)を見るまでは死ねない、と言っていたんだけど、また欲が出てきて、次も見たいわね」と頬をゆるめる。

ピン子さんの今の“推し”はドジャースの大谷翔平選手。

「大谷君の活躍を見るのが生きがい。リビングの特等席で応援するだけでも興奮するのに、昨年、東京ドームで行われたドジャース対カブスの開幕戦を見に行ったのよ。こうして話しているだけで顔がにやけてきちゃう(笑)」

「ちょっと待って」と指折り数えて、「次のWBCは何年? 2029年……私いくつ? 81! うーん」と考えたあと、こう結んだ。

「それまでは生きているわよ。でももし死んじゃったら……大谷君がバッターボックスに立ったとき、私、相手ピッチャーの肩の上に乗ってド真ん中に投げさせる(笑)。終活なんか考えるより、そういうくだらないこと考えているほうが楽しいじゃない。まぁお墓も建てたし、棺に入れるものも決まっているし。死んだあとのことは夫か誰かがやってくれるわよ」

【Information】声舞劇!『終活を始めた途端、 55歳の息⼦が帰ってきました』

かつて⺟に暴⾔を吐いて家を⾶び出した息⼦が、55歳になって突然実家へ帰ってくるところから始まる物語。⺟と息⼦が少しずつ向き合い、再び“家族”としての絆を取り戻していく姿を描いたエンターテインメント。泉ピン⼦&佐藤隆太が親⼦役で共演する声舞劇(せいぶげき)。

原作/保坂祐希 『「死ね、クソババア! 」と⾔った息⼦が55歳になって帰ってきました』(講談社)
脚本・演出/シライケイタ
出演/泉 ピン⼦、佐藤隆太、星野真⾥、あめくみちこ

【東京公演】
4⽉25⽇(⼟)16:30開場/17:00開演
4⽉26⽇(⽇)13:30開場/14:00開演
会場/シアター1010 ※5月~ 全国ツアー
公式サイト/https://shukatsu-hahamusuko.com/
企画・制作/終活⺟と家出息⼦ 製作委員会

撮影/山田崇博
スタイリング/森外玖水子
ヘア&メイク/林 香織(ヘアーベル)
取材・文/村瀬素子

※この記事は「ゆうゆう」2026年5月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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