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「来た仕事は断らない」押井守も共感する“職業監督”としての黒沢清と、その作家性【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」第7回後編】

  • 2026.4.8

独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。第7回前編は、『散歩する侵略者』(17)をはじめとした黒沢清監督作品での、“日常を侵食していく”恐怖の本質を解説した押井監督。後編では、恐怖の本質を描くことで生まれる“最大の裏切り”を語っていく。

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押井監督が考える、黒沢清監督作品のすごさとは?
押井監督が考える、黒沢清監督作品のすごさとは?

「ケレンに満ちたホラーを演出すればするほど本質的な恐怖からは遠ざかる」

――今回は、黒沢清監督のSFホラー『散歩する侵略者』の後編です。ホラー映画の定番的演出である脅し等のケレンを一切使わず、日常に潜む恐怖を表現しているところが、すごいし裏切りであると、押井さんはおっしゃっています。でも、それ以上の裏切りが黒沢作品にはあるらしいんですが、その前に!数ある黒沢ホラーのなかから『散歩する侵略者』を選んだ理由を教えてください。

「黒沢さんの本質がわかりやすいからだよ。なぜならある程度、余裕をもってつくっているから。普段の自分のスタイルとちょっとだけ距離をとっているんです。おもしろおかしいところがあるでしょ?そういうのは距離が生まれて観やすくなるの。『CURE』(97)なんてとことんマジだから。世界が破滅するまで地続き。飛躍がなく、その地続きが怖いんです。『回路』(00)もそう。突然、塔のてっぺんからドサっと人が落ちてくる。主人公はそれを目撃するんだけどなにが起きたかわからない。だから悲鳴も上げられない。まさに人間が物理的に落っこちたという図。そういうのを積み重ねて行って徐々に日常が崩壊して行くさまを表現する。言い方を変えれば、日常が本質を露わにして行くんです。現実はこんなにとんでもないんだって」

――『回路』も公開時に観ましたが、やっぱり怖くなかった(笑)。屋上から人間が落ちて来るというのなら、(M・ナイト・)シャマランの『ハプニング』(08)のほうが怖かったのは私だけですか?

「シャマランはケレンの監督です。あのシーンは恐いけれど、そこで終わっちゃうじゃないの。彼の恐怖演出は、いわばお団子のように一つ一つが切れている。恐怖というお団子が来たあとに日常があって、非日常と日常が交互に表現される。でも、黒沢さんの恐怖はずーっとつながっている。お餅みたいに恐怖がびょーんと伸びていてその区別がないんです。

これはホラー映画としてはありえない。ホラー映画は恐いシーンで飛び上がり、そのあとちょっとほっとしてると、また恐怖が襲って来る。そういうドッキリがあるからエンタテインメントであり、お金を払う価値があると思っている人は多い。飛び上がる回数が多ければ多いほどお金を払う甲斐があるということですよ。でも、黒沢さんのホラーはどこで飛び上がればいいかわからないというより、そもそも飛び上がるシーンがない。にもかかわらず『CURE』や『回路』を観たあとだと、自分の日常に復帰するのに時間がかかったり、ドアの向こうが怖くなるんです。なにを言いたいかというと、意図的に恐怖を演出すると、その本質から遠ざかることになる。ケレンに満ちたホラーを演出すればするほど本質的な恐怖からは遠ざかるんですよ――だから、エンタメになるんです」

公開から約30年が経過したいまもなお、世界中で語り継がれる『CURE』 『CURE』4Kデジタル修復版Blu-ray ¥5,280(税込)発売・販売:KADOKAWA [c]KADOKAWA 1997
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――ということは押井さん、黒沢ホラーはエンタメじゃないってことですか?もしかしてそれが最大の“裏切り”?

「彼のホラーはエンタテインメントである以前に、ある種のアートに近い。エンタメであるホラーを観に行ったつもりだったけれど、蓋を開けたらアート映画だった。これが最大の“裏切り”です。

エンタメというのは日常の息抜きとして機能するわけで、映画館でヘンタイやら犯罪者を観たとしても、そこを出るとそんな連中のいないいつもの日常に戻ることができる。とはいえ、帰りの電車で包丁を振り回すような男に出会う可能性はないわけではない。そう考えると日常は恐いものになるんです。それが黒沢ホラー。“安全”が錯覚であり、恐怖は地続きなんだということを教えるからです。映画を観た帰り、電車の隣のおっさんが怖くなったという感覚はまさに日常と非日常の境界線を越えているんだよ。そういう感覚を生むのはエンタメじゃなくてアートなんです。払ったお金に見合うものを提供するというのがエンタメの責任の取り方。でも、アートは誰に対しても責任を取らない。敢えていえば人間に対して、歴史に対して取っているだけ。黒沢さんが成し遂げたこと、いまもやっていることはそういうこと。映画はそういうかたちでも成立するんだということを証明した。彼はホラー映画の枠組みのなかでそれを実現してしまったんです。これこそが“最大の裏切り”なんです。

言うまでもなく、いい意味での“裏切り”だよ。何度も言うけど、映画は裏切りがなければ凡庸ということになるから。なにより凡庸は罪です、悪です。破綻していてもいい。珍作であろうが駄作であろうが、破綻しまくってるほうが凡作よりも価値がある。だって日常じゃないものを観たいわけなんだから!」

「黒沢監督はおそらく“いつでも撮れる”という自信がある。そういうところにシンパシーを感じる」

――黒沢さんのホラー、みなさんの反応はどうだったんでしょう?みんな怖かったんですかね。

「日常に不安を抱いている人は恐いと思うんじゃないの?麻紀さんはそうじゃないから黒沢ホラーには反応しないんだよ、たぶん(笑)。人が映画を選ぶように、映画も人を選ぶんです。わかんない人にとって、これほどわかんない映画もないんだと思うよ」

自分の好みだけでなく、「映画も人を選ぶ」ことを解説する押井監督
自分の好みだけでなく、「映画も人を選ぶ」ことを解説する押井監督

――日常に不安…やっぱり、あまりないかも(笑)。

「養老(孟司)さんも言っていたけど、自分の日常をどういう意識で生きているのか、自分で決定できていると思っているのならそれは大間違いです。養老さん流にいうと『自意識ほど信用できないものはない』だから。なぜなら、自意識は『ある』時にあるとしか言いようがないでしょ?ない時には『ない』と指摘できないの。いま、こうやって喋っている私には自意識がある。これは意識できる。でも、バスに乗ってぼーっとしていたり、立ち食い蕎麦を食ったりしている時は自分で自意識を証明できない。大体、家に帰ると自意識はなくなるよね、普通の人は。だからこそ人間は生きていられる。もし24時間、自意識があったらおそらく発狂しちゃいますよ。

自意識というのは、そういう正体のわからないもの。まさに日常と同じなんです。日常は日常だと思った瞬間に誰も耐えられない。なにも考えないから日常に耐えていられる。私や麻紀さんは、その“日常”を『退屈』と感じるから、ゲームをしたり映画を観たりしているの。私はゲームがある限り退屈はしないけどね(笑)」

――黒沢さんの映画で一番好きなのはどれですか?

「やっぱり『CURE』かな。『回路』もおススメですよ。今回取り上げた『散歩する侵略者』は黒沢さんが包丁を研いでいるような映画。いつか使う日のために包丁を研いでいる。監督にはそういう映画、ありますから。映画は絶えず、次の映画のための準備であるということですよ」

――予行練習ですか?

「そういう感じかな。映画は絶えず次の映画の予行練習だと言ってもいい。黒沢さんは基本的には職業監督なので注文されて撮るパターン。本作や『リアル 完全なる首長竜の日』(13)は注文作品で、『CURE』『回路』は自分で撮りたかった作品。おそらく間違ってないと思う。画面に対する執着が違うから。後者2本は粘着質で、それと比べると前の2本は淡泊。包丁を研ぐ余裕がある。『CURE』なんて、そうやって鋭く研いだ包丁を使ってマグロの解体ショーをやった感じ。集中しないとできないんです」

【写真を見る】いったいどんな映画になる?黒沢清監督最新作『黒牢城』は自身初となる時代劇 [c]米澤穂信/KADOKAWA [c]2026映画「黒牢城」製作委員会
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――黒沢監督、アートのわりには多作ですよね。

「日本ではユニークな立ち位置なんじゃない?アート寄りにもかかわらず多作なのは、注文を断らないからだと思う。3年に一度、映画祭を狙って映画を撮るアート系の監督とはそこが違う。そういう監督って『お前らにわかってたまるか』みたいな映画を撮るじゃないの。でも、黒沢さんは違う。映画が大好きだから、いつもそうやって撮っていたいんだよ、おそらく。さらに、いつでも撮れるという自信もあるんだと思う」

――押井さんと重なる部分、結構ありそうですね。

「うん。そういうところにシンパシーを感じる。私も撮るのが楽しいし、映画が好きだから来た仕事は断らない。そう決めたの。だからいまも3本も同時進行している」

――3本と言うと『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女』と、あと2本は?

「そこは突っ込まないの(笑)!あ、ついでに次回の予告をすると、黒沢さんとはまさに対極の監督です。ケレンが大好きな監督で、麻紀さんも大ファンじゃない?」

――なるほど!もしかしてアノ監督かなあ?

「もしかしたらね!(笑)」

取材・文/渡辺麻紀

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