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【2026年本屋大賞ノミネート作レビュー】『スピノザの診療室』待望の続編! 終末医療のリアルと希望を描く『エピクロスの処方箋』

  • 2026.4.4
エピクロスの処方箋 夏川草介/水鈴社
エピクロスの処方箋 夏川草介/水鈴社

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人は必ず死ぬし、医療は万能ではない。そんなことは誰だってわかっているはずなのに、人はなぜか、自分や大切な人だけは別枠だと考えてしまう。医師だって人間なのだから、すべての患者を完治させ、命を救うことだってできない。それもわかっているけど、自分事になると冷静ではいられない。だからこそ医師というのは救うことと同じくらい、死に向き合わなくてはいけない仕事なんだなと、『エピクロスの処方箋』(夏川草介/水鈴社)を読んでいると、はっとさせられる。

本作は映画化が決定した『スピノザの診療室』(同)の続編で、「2026年本屋大賞」にノミネートされた、終末医療に向き合う医師・雄町哲郎をめぐる物語である(帯にも書かれているとおり、本作のみを読んでも楽しむことができる)。

もともと哲郎は大学病院で将来を嘱望されてきた内科医だったのだが、若くして妹が亡くなり、たったひとりの家族を失った小学4年生の甥・龍之介を引き取るために、地域病院で働くことを決める。難しい手術の成功や論文の発表が実績となり、「治す」ことや「技術を向上させる」ことに目が行きがちな大学病院と違って、地域に密着した病院では、死を待つしかない高齢者と向き合う機会も増える。そのなかで哲郎は、いわゆる看取りの医療とはまた違う、患者に本当に寄り添う医療を通して、医師であることの意味を追求するようになっていくのだ。

〈医療は無力なもので、大事なときに役に立たない。懸命に生きたいという人たちの願いに、医療は応えてはくれない。世界は理不尽ですよ〉と哲郎は言う。その理不尽が、本作では一人ひとりの患者を通して描かれる。印象に残っているのが、二度の脳梗塞で食事がとれなくなった女性が、79歳で胃瘻(いろう)をつくったというエピソード。もう少し生きてほしいと願った家族が決めたことなのに、自宅介護に耐えかねた息子夫婦によって施設に入り、夫が先立ったのち、息子夫婦が音信不通になってしまった。結局、9年の胃瘻生活のうち、6年をひとりで過ごすことになってしまった。

息子夫婦を責めるのは簡単だろう。高齢者に対する医療制度に文句をつけるのもたやすい。けれど哲郎は言う。〈ここまで来た人生を、可哀想だと他人が決めてしまうのは危険なことだ。我々にできるのは、お疲れ様と声をかけることくらいなんだよ〉。

どんな医療を選択するかも含めて、人生に正解なんてものはひとつもない。不自由を強いられる生活を他人が「十分生きたし、もういいだろう」なんて思う権利も誰にもない。人は、最後の瞬間まで、望むように生きる権利がある。その権利を、できるだけ尊重するために何ができるのか。真摯に向き合い続ける哲郎の姿に、はっとさせられるのはたぶん、医療関係者だけではない。

理不尽の多いなかで、望むすべては手に入らないなかで、果たして自分はどう生きるべきなのか。しょせんは誰かを救うことなどできない、無力な自分が、それでも苦しみのさなかにいる人たちに寄り添うためにはどうすればいいのか。その答えは自分で見つけるしかないけれど、哲郎の生きざまと彼の口にするさまざまな哲学がきっと、灯火になってくれる。

文=立花もも

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