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ガブリエル・シャネルやジェーン・バーキンetc.、ファッション界を象徴する女性5人のスタイル信条【国際女性デー】

  • 2026.3.8

ガブリエル・シャネル

「黒一色にしてみる。たくさんの色を使えば使うほど、女はかえって醜くなるということにみんな気づかない」

ココ・シャネル(1883年8月19日ー1971年1月10日)。 Photo_ AFLO
Cocochanel_2ココ・シャネル(1883年8月19日ー1971年1月10日)。 Photo: AFLO

ファッションで女性の生き方を変えた人物といえば、ガブリエル・シャネルは不可欠な存在だ。着心地の良いスタイルや素材を追求し、しなやかで動きやすいジャージーやツイード素材をこよなく愛した。中でもこだわったのが袖の取り付け。何度もつけては位置を変え、また取りはずしては元の位置に戻し、そうやって1番動きやすいスタイルを生み出してきた。

「私は生き生きと行動する女性のための服を作ったの。活動的な女性には居心地のいい服が必要でしょう? 腕を自由にあげることができなければいけないわ」

彼女のデザインで最も革新的だったのが、ブラックを用いた服だ。当時、黒い服といえば喪服しかなかった。しかし彼女は「黒一色にしてみる。たくさんの色を使えば使うほど、女はかえって醜くなるということにみんな気づかない」と語り、「黒は全てを含む色。白も同じよ。共に絶対的な美であり、完全な調和だわ」と黒と白の持つ美しさに絶対的な自信を持っていた。見事に美しいリトル・ブラック・ドレスは、瞬く間に女性たちを魅了した。

1950年代に撮影されたポートレート。 Photo_ Photofest/AFLO
Photo_ Horst P. Horst/Conde Nast via Getty Images

島田順子

「“虚栄やステイタスで物事を判断せずに、自分の直感を信じて”」

Photo_ Manabu Matsunaga
Photo: Manabu Matsunaga

1960年代に渡仏し、パリコレクション参加45周年を迎えるジュンコ シマダ(JUNKO SHIMADA)デザイナーの島田順子。意外に思うかもしれないが、島田は自らファッションデザイナーを目指したわけではない。パリがもたらした数々の素晴らしい出会いによって、まるで運命に導かれるかのように始めたブランドを45年も続けることとなったのだ。

「パリという存在が、とにかくものすごく偉大なものだったの。女性も手に職があった方がいいという母の勧めでドレメ(杉野学園ドレスメーカー女学院)に進みましたが、ファッションの仕事をしたくてパリに行ったわけではありません。とにかくいろいろなものが見たかったんです」

観光目的で訪れた3カ月の滞在は1年となり、島田は一度日本に帰るが、まだまだ見たいもの、学びたいものがあると再び渡仏。2度目のパリでは、故・高田賢三や入江末男と出会い、その後もキャリアやプライベートにおいて人生を決めるさまざまな出会いがあった。

そんな彼女が長年にわたり、現役デザイナーとしてコレクションを発表し続ける理由とは?

「次はもっと良いコレクションが作れるかもという期待ですね。明日は昨日とは違う何かが起こるのでは? 次は、次はと思っていたら、40年が経っていました。でも、これで終わり、ということも日々考えています」

ジェーン・バーキン

「『ケリー』より大きくて、セルジュ(ゲンスブール)のスーツケースより小さいハンドバッグを作ってみてはどうでしょう」

ジェーン・・バーキン(1946年12月14日〜2023年7月16日) Photo_ Getty Images
Jane Birkin Press Conferenceジェーン・・バーキン(1946年12月14日〜2023年7月16日) Photo: Getty Images

ジェーン・バーキンと言えば、「バーキン」バッグの中に荷物をパンパンに詰めて持ち歩く姿を思い出す人も少なくない。「バーキン」が誕生したのは1981年。エルメスの5代目会長、ジャン=ルイ・デュマが、飛行機で偶然隣り合わせた彼女との会話をきっかけに、荷物の整理が苦手な彼女のためにバッグをデザインしたという有名な逸話がある。

当時のことを、彼女はこう振り返った。「彼もこの飛行機の中で、この先何十年も愛されることになるバッグのアイデアが生まれるとは想像していなかったと思います。私のバッグの中身がぜんぶこぼれ落ちてしまった様子を見たデュマは、『ポケット付きのものを持ったらどうですか』と言ったんです。『エルメスがポケット付きのバッグを作ってくれたら、それに変えます』と答えた私に対して彼は、『僕があなたのためにポケット付きのものを作って上げます。何せ僕がエルメスですから』と返してきました」

「『ケリー』より大きくて、セルジュ(ゲンスブール)のスーツケースより小さいハンドバッグを作ってみてはどうでしょう、と提案した私は、イメージしていたものを、たしかエチケット袋にスケッチしたんです。それを見たデュマが『作ってあげます』と言ってくれました」

Jane Birkin's Original Birkin To Be Sold By Sotheby's On July 10, 2025 In Paris

2025年7月(現地時間)、「バーキン」の初代モデルがパリのサザビーズで開催されたオークションにて、過去最高額となる860万ユーロ(約14億7000万円)で落札されたことは記憶に新しい。約40年前にジェーン・バーキンのために特別に作られたこのバッグには、当時彼女がステッカーなどを貼っていた後が残っている。

TOKYO, JAPAN - MARCH 26_ Singer Jane Birkin attends the 'Jane Birkin sings Serge Gainsbourg

アイリス・アプフェル

「おしゃれについては勉強できる。おしゃれになることも可能。でもスタイルは······手に入れたか、手に入れられなかったかのどちらかよ」

アイリス・アプフェル(1921年8月29日〜2024年3月1日) Photo_ Courtesy of ERSTWILDER
アイリス・アプフェル(1921年8月29日〜2024年3月1日) Photo: Courtesy of ERSTWILDER

世界最高齢のスタイル・アイコンとして、チャーミングかつポジティブなエネルギーを与え続けたアイリス・アプフェル。2024年に102歳で亡くなった彼女の言葉は、一歩を踏み出す勇気や希望を与えてくれるものばかりだ。

アイリスは、自分の年齢を考えたことはないという。「年齢なんて、ただの数字よ」という言葉に彼女ほど説得力を持たせられる人はいないだろう。実年齢より若く見られようとするのはバカげているとバッサリ斬るような言い回しだが、歳を重ねてもアクティブでいるための秘訣はユーモアと好奇心だと語っている。

「年をとってから何歳も若く見せようなんてばかげているし、誰も騙せない。75歳でフェイスリフトをしたって、誰も30歳だとは思わないでしょ」

自分のスタイルを持つためにどうすればよいのかとアドバイスを求められると、自分自身を知り、自分のためにおしゃれすることを説く。

「ただ心の中で感じたことをやってみるの。挑戦しなければ、失敗するだけです」

ダイアン・キートン

「誰もが自分たちのために服を着るべき。好きなものを見つけ、面白いと思うスタイルを恐れることなく身に纏って」

ダイアン・キートン(1946年1月5日〜2025年10月11日)
AFI Life Achievement Award Gala Tribute To Diane Keaton - Arrivalsダイアン・キートン(1946年1月5日〜2025年10月11日)

2025年10月11日、79歳でこの世を去ったダイアン・キートン。ユニークで個性派と謳われ、世代を超えて多くの女性から支持を受けた彼女は、ルールにとらわれず、信念のもと自由に生きた。そんな彼女の個性が光る着こなしは、今もなおエフォートレスな魅力を放っている。

キートンが愛してやまなかったのが、帽子&タートルネック。ハットに魅せられるようになったきっかけとして、彼女は俳優のケーリー・グラントを挙げている。ちなみに、キートンの養女デクスターの名は、『フィラデルフィア物語』(1940)に登場するグラントの役名、C・K・デクスター・ヘイブンがインスピレーションになっている。自身のコレクションのなかでも、バロン(BARON)のボウラーハットが特にお気に入りだったようだ。

また、キートンは自身の回顧録『Let's Just Say It Wasn't Pretty』にタートルネックへのこだわりをこんなふうに綴っている。

「タートルネックは過小評価されている。とにかく一着買ってみてほしい。タートルネックはクッションのようであり、盾であり、害から身を守ってくれるもの。タートルネックの襟をたるませてはダメ。スマートに、ステイステッチを施すこと。そうすればタートルネックはたるまなない。フットボール選手のようになりたくなければ、生地の厚さに注意すること。私のアドバイスに従えば、あなたの顔は完璧にフレーミングされるはず」

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