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「会わせなかったら後悔していた」母を虐げ続けてきた父が、最期に告げた言葉【著者インタビュー】

  • 2026.3.6

【漫画】本編を読む

大好きな母と、母と自分を苦しめてきた父がほぼ同時期にがんと宣告された枇杷かな子さん。そこから約2年間の間ダブル介護に取り組んだ日々を綴ったのが『今日もまだお母さんに会いたい』(KADOKAWA)だ。

枇杷さんの前作『余命300日の毒親』は自身の父との記憶をベースにしたセミフィクション。本作にはそのモデルになった父と、母の闘病生活を支えた日々が描かれる。母を虐げ続ける父を介護する葛藤、迫り来る大好きな母との別れへの不安、そしてそれぞれの看取りと母を亡くしてからの感情……。本心を隠すことなく描かれるその物語には、自分自身の両親との別れを重ねずにはいられない。枇杷さんに当時の心境から経験者としてのアドバイスまで、さまざまなお話を伺った。

――お父さまが緩和病棟にいるお母さまのもとにお見舞いに行くエピソードがありました。「母の言葉は父だけのもの」というモノローグがありましたが、どんなお気持ちでしたか?

枇杷かな子さん(以下、枇杷):父を母の病棟に入れたくない気持ちも正直ありました。結局夫が父を母の病室へ連れて行ってくれたわけですが、そこで父は母に「お前と話せないと寂しいよ」と涙を流したんです。そしたら母が「しつこい」と言ったのですが、それはじゃれあいというか。それまでのふたりを見てきた私からすると、母は本当に嫌だから言ったわけではないんだろうなと思いました。そう考えるとこの時間は母にとっても悪いものじゃなかっただろうし、自分の判断でふたりを最後まで会わせなかったら後悔していたかもと今になっては思います。

――枇杷さんからすると、暴言を吐くお父さまからお母さまを引き離したいという気持ちで離婚をすすめたり、施設へ入所させようと行動されたわけですが、お母さまはそれを良しとしなかったと。それはお母さまがお父さまと一緒にいることを望まれていたと思いますか?

枇杷:父と一緒にいたいというより、自分の家にいたかったのではないかと思います。勝手知ったる我が家というか。がんになる前に離婚しない理由も何度も聞いたのですが、やっぱりいざ私をひとりで育てるとなると金銭面でも難しいのかなと思っていたのかなと思いますね。

――熟年離婚という言葉もある中で、高齢の両親の不仲で困っている方も多いと思うのですが、そういう方に声をかけるとしたらなんとお話ししますか?

枇杷:ふたりとも元気な状態で自分が大人だったら、無理に間に入って解決しようとするとご自身が大変なので巻き込まれないようにすべきだと思います。両親の夫婦関係に巻き込まれ、子供(大人だとしても)の心身や生活が振り回されることがあっては辛いので。ただ、うちのように場合「暴言」「暴力」など安全面に危険性があればそれこそ役所など外に相談が必要だと思います。ケアマネさんだったりソーシャルワーカーさん、地域包括支援センターの方とかに「こういう状態でこういう介護が必要になるんですけどどうすればいいですか」と素直に聞いてしまってよいと思います。なるべく自分に負担がかからない方法を選んでほしいです。

取材・文=原智香

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