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介護をしていて「感謝されたい」と思ったこと、ありませんか?【禅僧・枡野俊明さん】が説く、見返りを求めない幸せ

  • 2026.2.12

介護をしていて「感謝されたい」と思ったこと、ありませんか?【禅僧・枡野俊明さん】が説く、見返りを求めない幸せ

今回は、「母に仕送りしていますが、報われません」という相談です。親の介護をする人が多いこの時代、真の親孝行とはどういうことなのか、枡野さんが語ります。

門を開けば

「開門福寿多(門を開けば福寿多し)」
自ら門を開くことで福を招き入れようという禅の言葉です。

「感謝の言葉を期待することを、やめてしまいませんか」という枡野さん。その真意は?

<今月のテーマ>
「母に仕送りしていますが…報われません」

遠距離に住む母の介護をしています。お金がないと言うので、毎月3万円ほど送っていますが、お礼の言葉もありません。わが家の経済状況もひっ迫していて余裕があるわけではないので、むなしく感じてしまいます。

言葉にしなくても親は感謝しているはず

苦しい生活の中でも、お母さまに毎月仕送りしているのですね。しかも遠距離介護ですから、帰省するには交通費もかかることでしょう。お母さまの要介護度がどの程度なのかは書かれていませんが、実家では食事の用意をしたり、病院に連れて行ったりもするでしょうから、毎月の仕送り以上にお金がかかっているはずです。それを何年も続けている……なかなかできることではありませんし、本当にすばらしいことだと思います。

お母さまからはお礼の言葉もないと書かれていますが、心の中では深く感謝していることでしょう。それでもわが子には、なかなか素直に感謝の言葉を伝えられない人もいます。お母さまもそういう方なのかもしれません。あるいは認知機能が低下して、娘が仕送りしてくれていることの意味を理解できないのかもしれません。認知症とは診断されていなくても、その予備軍のような状態である可能性もあります。いずれにせよ、私からのアドバイスはひとつだけ。お母さまからの感謝の言葉を期待することを、やめてしまいませんか。

禅には「自然(じねん)に春意あり」という言葉があります。春になれば風は暖かくなり、日の光はまばゆさを増し、花々のつぼみはふくらみ始めます。自然はあれこれと考えたり、期待したりしません。だからこそ人々は春の美しさに純粋さを感じ、感動をおぼえるのです。

相談者さんの場合も同じだと思います。ご自身の生活がけっしてラクではない中で、コツコツとやりくりしながらお金を工面し、お母さまに送金しているのです。なんと純粋で美しい行為だろうと感動します。見返りを求めないからこそ美しいのです。

自然有春意――じねんに しゅんいあり

自然は一切の見返りを求めず
春の穏やかさを私たちにくれる。
それこそすばらしい生き方です

親は見返りなど求めず子どもを育ててくれた

現代の日本は「個人」を重視する傾向がことさら強くなりました。「私が働いて得たお金は私のもの。私のために使うのが当然」と考える人が多いと思います。ですから介護が必要になった親に対しても「親自身の貯金や年金の範囲で暮らすのが当然」「子どもが親に生活費などを援助すると、自分の老後資金が不足する。将来的に子どもに迷惑をかけるのでやめたほうがいい」と考える傾向が強くなりました。

それはとても現代的な考え方ですが、私はそうは思いません。親は自分を生み、育ててくれた人です。それこそ見返りなど求めずに時間もお金も愛情も注いでくれたことでしょう。だとすれば、今がその恩を返すときだと考えてはいかがでしょうか。もちろんそれは、ご自身ができる範囲で十分だと思います。

親に感謝してもらいたいという気持ちはわかります。それでもあえて「感謝の言葉は望まない」「子どもとして当然のこと」という姿勢が、相談者さんの行動を気高く美しいものにしているのではないかと私は思うのです。

陰徳を積むことで人として成長できる

この相談文を読んで、私はイエローハット(カー用品のチェーン店)の創業者である鍵山秀三郎さんのことを思い出しました。社長でありながら率先してトイレ掃除をし、会社の周囲のゴミ拾いもしていたそうです。「自分がやった」と声高に吹聴するのではなく、感謝を求めるのでもなく、ただ人のためになる行為をする――それを「陰徳」と言います。イエローハットが大企業として成長していった背景には、創業者が積んできた陰徳があるのではないか、と言われています。

同じようなエピソードはさまざまな形で見聞きしますね。匿名で恵まれない人に寄付したり、著名な方が週末にゴミ拾いをしていたり……。そのように陰徳を積むことが、人を人として成長させていくのではないでしょうか。

もしも相談者さんのお母さまが感謝の気持ちをもたないような人であったとしても、残念に思う必要はありません。陰徳を積むことで自分自身が成長しているのです。ご自身の行為を、どうぞ誇らしく思ってください。

その美しい行為に、周囲の人は必ず気づいているものです。そして「あの人のように自分も生きなければ」と影響を受けていることでしょう。それが結果的に会社を大きくしたり、家族の仲をよくしたりもするのです。もしも相談者さんにお子さんがいれば、親の行動をきっと誇りに思っていることでしょう。そして遠くない将来、同じように親を支えようとするはずです。よい行いとはそういう形で巡っていくものなのだと、私は思います。

アドバイスいただいたのは

枡野俊明さん
曹洞宗徳雄山 建功寺住職
1953年神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山 建功寺第18世住職。庭園デザイナー。多摩美術大学名誉教授。「禅の庭」を通して国内外から高く評価され、2006年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」に。『悩みを手放す21の方法』(主婦の友社)など著書多数。

取材・文/神 素子

※この記事は「ゆうゆう」2026年3月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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