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出産当日に夫の不倫疑惑が発覚。夫を許す決断を支えた、ある存在とは?【金子恵美さんのターニングポイント#1】

  • 2026.2.4

出産当日に夫の不倫疑惑が発覚。夫を許す決断を支えた、ある存在とは?【金子恵美さんのターニングポイント#1】

コメンテーターとして活躍中の金子恵美さん。政治の問題をわかりやすく解説する、切れ味のいいトークが人気です。人生の折り返し地点を迎えた金子さんの人生のターニングポイントとは? 4回にわたってお届けします。

プロフィール
金子恵美さん コメンテーター

1978年新潟県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
2007年新潟市議会議員選挙に当選。新潟県議会議員を経て、12年に衆議院議員に初当選。16年に総務大臣政務官に就任。
10年間の議員生活を経て、現在は企業顧問とテレビコメンテーターとして活躍中。
金子恵美オフィシャルブログ https://ameblo.jp/megumi-227/
金子恵美チェンネル https://www.youtube.com/@kanekomegumichannel
ヒトトナリよろしいですか?【金子恵美とゲストが政治トーク】 https://www.youtube.com/@hitotonariyoroshiidesuka

やらない後悔より、やって後悔したい。29歳の若さで政治の道へ

——29歳のとき、新潟市議会議員選挙で最年少女性市議会議員として当選を果たした金子さん。政治への思いは、いつ頃芽生えたのでしょうか?

父は、私が3歳のときに村長に就任しました。それから23年もの間、父は村長として村に尽くしてきました。地域の人を幸せにする仕事をしている父の姿が誇らしくて、いつか父のような仕事をしたいという思いにつながっていったように思います。

また、私は大学時代にネパールのムスタンでボランティア活動に参加したのですが、その経験も政治への思いにつながったかもしれません。もともとは引っ込み思案だった私ですが、海外での経験で度胸がついたと思います。大学を卒業する頃には、いつか政治家になりたいという気持ちが固まっていました。

——卒業後は、一度は民間企業に就職したそうですね。

はい。「民間を見たほうがいい」とまわりにアドバイスをされたこともあり、地元の放送局に就職しました。

——その後2007年に新潟市議会議員選挙に出馬。立候補に踏み切った理由を教えてください。

ちょうど新潟市が政令市になったタイミングで、「今だ!」と気持ちを固めたんです。父がいよいよ政界から引退するという節目に当たっていたというのも、理由の一つです。

統一地方選挙は4年に1回だけ行われます。ここからさらに4年先を待つのではなく、今がそのときだと思ったんですね。「やらない後悔よりもやって後悔」という思いで、出馬を決めました。

——初めての選挙戦で苦労したことはありますか?

いずれ選挙に出たいと思っていたので、自分の中では準備をして進んだのですが、父の後援会に説明する前に、私の立候補がスポーツ紙に報じられてしまったんです。長年父を応援してくださった後援会の方からすれば、面白くないですよね。

父の後援会も含めて応援していただけたら、選挙としては楽だったはずなのですが…。皆さんを説得できないまま出馬したので、初の選挙戦はマイナスからのスタートでした。

——逆風からのスタートだったにも関わらず、最終的には女性議員として最年少でトップ当選を果たしたんですね。

決断した以上は、結果を出さなきゃいけないという思いで戦いきれたんだと思います。2カ月間、毎日辻立ちを続けました。

父も旗を持って、私と一緒に新潟の雪の降る国道に立ってくれたんですよ。長年、村長を務めた人にここまでさせて、負けるわけにはいかない。そうやって自分を追い込んだことによって戦いきれたのかなと思っています。

県議を経て国政へ進出、結婚。わが子を出産したその日、夫の不倫疑惑が発覚

——その後2010年に新潟県議会議員に当選、2012年には衆議院議員に当選。2015年には同じく衆議院議員だった宮崎謙介さんと結婚し、翌2016年には子どもを授かるなど、公私ともに順風満帆に思えましたが、出産で入院中に夫である宮崎さんの不倫疑惑が発覚しましたね。

私が臨月の頃に、女性と会っていたんです。それが週刊誌にすっぱ抜かれることがわかり、出産した日の深夜に宮崎から「実は…」と打ち明けられたんです。

——出産を終えた夜は、本来なら赤ちゃんの顔を見て幸せをかみしめているタイミングですよね。どんな気持ちになりましたか?

女性として裏切られたという腹立たしさもありましたが、それ以上に、同じ政治家として何をやっているんだと怒りの感情がありました。ちょうど宮崎は育児休業取得宣言をしたところだったので…。

——大変な状況だったと思いますが、金子さんは宮崎さんを許し、婚姻関係を継続しました。その理由をお聞かせください。

子どもの存在は大きかったですね。私にとって優先すべきは、当時も今も子どもです。あのとき、わが子ははまだ0歳で、何の判断もできない存在でした。そのわが子から父親を奪うことを私はしたくなかったのです。

両親の存在も大きかったと思います。もし「離婚をして金子家に帰ってきなさい」と言われたら、両親を説得できなかったかもしれません。ところが父は「生まれたばかりの子どもを最優先に考えよう。誕生した子どもを中心に、子どものことだけを考えて生活していこう」と言ってくれました。宮崎にとっても、義理の父母が受け入れてくれたことは大きかったと思います。

——宮崎さんを許した理由は、他にもありますか?

信じてもらえないかもしれませんが、夫に対する尊敬の気持ちです。政治家としてこの人にかなわないと思っていたんです。政策を策定し、実現する。先輩議員と関係を構築し、同僚との仲間づくりをする。そのどれもが、私は宮崎にかなわない。そのリスペクトの気持ちも、彼を許すことにつながりました。

——金子さんにとって、今も優先順位の一番はお子さんですか?

そうです。私にとっては、子どものことが最優先課題です。仕事を受ける際はもちろん、あらゆることを決断する際に、子どものことを念頭に置いて決めています。生きていくうえで、最も優先したいのは息子であり、子育てですね。

次回は夫との関係や将来の展望、金子さんの美の秘訣などを伺います。

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