1. トップ
  2. 19年前に放送された、冴えない“朝ドラヒロイン” 精密な脚本と圧倒的な完成度を誇る“伝説の朝ドラ”

19年前に放送された、冴えない“朝ドラヒロイン” 精密な脚本と圧倒的な完成度を誇る“伝説の朝ドラ”

  • 2026.2.12

2007年度後期に放送されたNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ちりとてちん』は脚本の圧倒的な完成度ゆえに、今では伝説の朝ドラとなっている。

※以下本文には放送内容が含まれます。 

undefined
貫地谷しほり (C)SANKEI

主人公の和田喜代美(貫地谷しほり)はマイナス思考の性格で、不器用で抜けているところがある冴えない女性。
小学校時代に同じ読みの名前の和田清海(佐藤めぐみ)という華やかで聡明な同級生がいたため、清海はA子、喜代美はB子と呼ばれていた。
序盤の喜代美は劣等感の塊で、何をやってもうまくいかない。
朝ドラヒロインというと、明るく真面目な優等生で、やがて良妻賢母でありながら仕事もバリバリとこなすようになるかわいい女性というのがセオリーだったが、喜代美は圧倒的な劣等生。
逆にA子は大学生の時に芸能界にスカウトされ、後に東京のテレビ局からニュースキャスターにならないかと誘われる。

一見すると清楚で聡明なA子の方が朝ドラヒロインに相応しい存在に見える。
だが本作の主人公は劣等感の塊で自信がなかったB子の喜代美である。
彼女のような冴えない存在を朝ドラヒロインとして描いたことが『ちりとてちん』の新しさだった。

落語を題材にしたイケメン朝ドラ

高校卒業後、一人で大阪に向かった喜代美は、落語家の徒然亭草若(渡瀬恒彦)と知り合ったことをきっかけに草若の弟子となり、「若狭」の名で落語家の修行に励むようになる。

本作は落語を題材にした朝ドラで、劇中では喜代美が落語を披露する場面が多数登場する。
その意味で、とても難易度の高い朝ドラヒロインだったが、喜代美を演じる貫地谷しほりの落語は実に見事で、本人の愛嬌もあってか、ちゃんと笑えるものとなっていた。

本作は貫地谷にとって初主演となるドラマだったが、コメディエンヌとしてのセンスをみるみる開花させ、見応えのある芝居を披露していた。

一方、喜代美の兄弟子となる徒然亭一門の落語家たちもとても魅力的だった。
一番弟子の徒然亭草原(桂吉弥)は面倒見のいい優しいお兄さん。落語の知識や三味線等のお囃子はできるが、上がり症で肝心な所で噛んでしまい、落語家なのに人前で話すのが苦手。
二番弟子の徒然亭草々(青木崇高)は、粗暴で短気な性格だが根は優しい落語バカで、草若のことを父と慕っている。
三番弟子の徒然亭小草若(茂山宗彦)は草若の実の息子で売れっ子芸人だが、草若が起こしたある事件が原因で、父親とは不仲。
四番弟子の徒然亭四草(加藤虎ノ介)はクールで口が悪いが実は情に厚く、賭け事が好き。

個性豊かな兄弟子の4人と喜代美の関係はとても魅力的で、放送当時流行していた『花より男子』等のイケメンドラマで描かれる、カッコいい男たちがヒロインを取り囲む関係に近かった。
その意味で『ちりとてちん』は、イケメンドラマ的な朝ドラだったと言える。

細部まで作り込まれた藤本有紀の脚本

何より、本作最大の魅力は藤本有紀による細部まで作り込まれた、圧倒的な完成度を誇る脚本だろう。
落語家の世界を舞台にした青春群像劇&ホームドラマとして見応え抜群の『ちりとてちん』だが、何より本作が凄かったのは「愛宕山」、「宿替え」、「ちりとてちん」といった上方落語の演目を下敷きにした細部まで丁寧に作り込まれた物語である。

落語の演目が物語の下敷きになっているという構造は、2005年に放送された宮藤官九郎脚本の落語を題材にしたテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』でも用いられた複雑な作劇手法だ。

2000年代のテレビドラマは、作品を録画して何度も繰り返し観る熱心なファンを生み出すマニアックなドラマが多数制作され、後のテレビドラマに大きな影響を与えた。
宮藤官九郎脚本のテレビドラマはその筆頭で、劇中に散りばめられた情報が膨大なため賛否は分かれ、視聴率の面では苦戦することも多かった。
しかし、熱狂的なファンを獲得することに成功し、放送終了後に販売されたDVD-BOX等のソフトが大ヒットした。 そして、続編となるSPドラマや劇場映画が作られ、放送終了後も人気を獲得するという、これまでのテレビドラマとは違う長期的な盛り上がりを生み出した。

『ちりとてちん』は、この流れが朝ドラに合流した作品だった。

それまでの朝ドラは、半年の長丁場ゆえに視聴者が途中からでも内容が把握できる観やすい作りとなっていた。
対して『ちりとてちん』は最初から最後まで物語が精密に作り込まれており、上方落語が好きな人にはたまらないネタが細部に散りばめられたマニアックな朝ドラだった。
その作り込みの細かさゆえに物語も複雑で、途中から観るにはハードルが高かった。そのため放送当時は脱落者も多かった。

現在は配信を筆頭に、脱落した視聴者をフォローする仕組みがたくさんある。 だが、当時は朝ドラを全話通して繰り返し観るには毎日録画しないといけなかったため『ちりとてちん』は作品評判が高い一方で視聴率の面では苦戦した。

だがマニアックな作りに感銘を受けた熱狂的なファンを獲得し、放送終了後に一気見して、後からファンになる人も多かった。

『ちりとてちん』のように全話観ることを前提にした細かい脚本は、2010年代の『カーネーション』や『あまちゃん』といった朝ドラにも引き継がれている。しかし、現在は2000年代と違い、放送を見逃した視聴者をフォローする配信や、リアルタイムで視聴者が考察するSNSの盛り上がりがあるため、情報量の多い朝ドラに対するハードルはだいぶ下がっている。

藤本有紀の2作目の朝ドラとなった2021年度後期に放送された『カムカムエヴリバディ』は、祖母・母・娘という三世代の女性を描いた100年の物語で、本作もまた精密に作り込まれた情報量の多い物語だった。だが、SNSでの評価は最後まで好調で、やっと時代が藤本有紀に追いついたと思った。

おそらく『ちりとてちん』は、配信やDVDで一気見できる現在の方が、違和感なく楽しめるのではないかと思う。 江戸時代に作られた落語が古典落語となったように、今や『ちりとてちん』は朝ドラの古典になったと言えよう。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。