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毒母「食べろ!」次女には罵声、三女には笑顔。妹たちのために『母親代わり』を選んだ長女の10年後

  • 2026.1.24

家は本来、一番安心できる場所であるはずです。しかし、親が子どもをランク付けし、あからさまに差別するという信じられない環境で育った女性がいます。
筆者の知人、A子さんから聞いたのは、歳の離れた妹を守り抜いた、切なくも力強いエピソードでした。

画像: 毒母「食べろ!」次女には罵声、三女には笑顔。妹たちのために『母親代わり』を選んだ長女の10年後

「5歳と3歳」の間に引かれた、残酷な境界線

「せっかく作ったのに! 食べろ!」

食卓に母の怒鳴り声が響きます。叱られているのは当時5歳の次女。ほんの少しおかずを残しただけで、母は烈火のごとく激昂しました。

しかしその直後、隣に座る3歳の三女が同じように箸を止めると、母は別人のような笑顔で「まだ小さいもんね、いいのよ」と頭を撫でるのです。

こうした異様な格差は、妹たちが成長しても続きました。母の愛を一身に受ける三女と、突き放される次女。

その光景を、長女の私はいつも胸を締め付けられる思いで見つめていました。母の顔色を伺い、泣くのを我慢する次女の姿に、幼い頃の自分を重ねずにはいられなかったのです。

逃げ出したい心。それでも「真ん中の妹」を守り抜くと決意した日

高校生になった私は、「私がこの子の母親代わりになろう」と心に決めました。

本当は今すぐにでも家を飛び出したかった。けれど、冷たくあしらわれる次女を置いていくことなんて、どうしてもできませんでした。

それからの私は、学校が終わればバイトに明け暮れました。母は三女にだけおやつを準備し、遊んであげるのも三女だけ。その傍らで次女は一人静かに、寂しげな背中を丸めていました。

私は稼いだお金で次女にお菓子を買い、公園で一緒に遊びました。

「お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ」その言葉だけが心を繋ぎ止める防波堤でした。

妹の笑顔が過去を救ってくれた

月日は流れ、次女も高校生になりました。

社会人になった私が帰宅すると、彼女は玄関まで走ってきて「お姉ちゃん、おかえりなさい!」と、とびきりの笑顔で迎えてくれます。

「今日もお疲れ様」と労う彼女の優しさに触れるたび、温かな安堵が広がりました。

あんなに過酷な環境で育ちながら、妹は人を思いやれる、真っ直ぐで心のきれいな子に成長してくれた。

その笑顔を見るだけで、これまでの苦労がすべて吹き飛びました。

一番下の妹が涙で明かした孤独。「選ばれた側」もまた、苦しんでいた

その後、母が病に倒れたことをきっかけに、成人した三姉妹が本音を語り合う機会が訪れました。そこで意外な告白をしたのが三女でした。

「ずっと、自分だけが愛されるのが苦しくて、居心地が悪かった」

三女は涙ながらに当時の心境を絞り出しました。自分だけが特別扱いされることで、大好きな姉たちとの間に壁ができる恐怖。姉たちが冷遇される姿を見せつけられる残酷さ。

選別された側の三女もまた、逃げ場のない罪悪感の中で孤独に震えていたのです。

母が作った残酷な格差は、皮肉にも私たちを強い絆で結びつけました。過去の傷跡が消えることはありませんが、支配を乗り越えた今、私たちはようやく「本当の家族」になれた気がします。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Yumeko.N
元大学職員のコラムニスト。専業主婦として家事と子育てに奮闘。その傍ら、ママ友や同僚からの聞き取り・紹介を中心にインタビューを行う。特に子育てに関する記事、教育機関での経験を通じた子供の成長に関わる親子・家庭環境のテーマを得意とし、同ジャンルのフィールドワークを通じて記事を執筆。

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