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電気で会話する魚、成長で「声変わり」――その裏で動く7000の遺伝子

  • 2026.1.15
電気で会話する魚、成長で「声変わり」――その裏で動く7000の遺伝子
電気で会話する魚、成長で「声変わり」――その裏で動く7000の遺伝子 / Photo: Zaire, via Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

ドイツのポツダム大学(UP)で行われた研究によって、アフリカの電気で会話する魚たちに、人間の思春期さながらの「声変わり」を“電気”で起こしている様子が遺伝子レベルで示されました。

これらの電気魚たちは、幼魚の頃わずか5ミリ秒程度の「ピッ」という短い電気パルスが、成魚になると約40ミリ秒にも伸びるのです。

電気パルスは暗い川底で周囲を探るレーダーであると同時に、仲間への呼びかけや求愛に使われる「電気の声」でもあり、その長さや形は種ごとの名刺のように違っています。

研究チームが遺伝子の働きを網羅的に調べたところ、成長に伴うこの「電気の声変わり」に合わせて数千もの遺伝子が活動パターンを変えており、その中でも電気の生み出しにかかわる遺伝子(KCNJ2)が有力な候補だと示されました。

電気で会話する魚たちの体の中で、いったいどのような分子の仕掛けが声変わりを演出しているのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年1月10日に『Communications Biology』にて発表されました。

目次

  • 電気で会話する魚たちの世界
  • 電気でしゃべる魚たちの「声変わり」を促す遺伝子たち

電気で会話する魚たちの世界

電気で会話する魚たちの世界
電気で会話する魚たちの世界 / Image: Carl Hopkins, via Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

声変わりといえば、思春期の人間の男の子の声が低く太くなる現象がよく知られています。

では魚にも「声変わり」があると聞いたら、にわかには信じがたいかもしれません。

しかし自然界を覗いてみると、そもそも音ではなく電気で「会話」する魚たちがいて、彼らにも成長とともに電気信号が変化するのです。

たとえばアフリカの淡水域に暮らす弱電気魚(デンキウナギとは別のグループ)は、筋肉からなる特殊な電気器官で微弱な電気パルスを発生させます。

これはソナーのように周囲を探る「目」の役割であると同時に、仲間同士で交信する「声」の役割も果たしています。

種ごとに電気パルスの形や長さが違っており、そのパターンはまるで種ごとの名刺のようです。

暗い川底で「ここにいるよ」と居場所を知らせたり、「ボクとつがいにならない?」と求愛したり、ときにはライバルへのけん制に使われたりします。

こうした電気信号は種ごとに固有で、異なる種同士では信号が通じにくく、互いに交配しないための生殖的な壁の一部を担っていると考えられているのです。

そんな電気魚の仲間キャンピロモルミルス属では、不思議な現象が知られていました。

子どもの頃は多くの種でミリ秒単位のの短い「ピッ」という電気パルスしか出せないのに、成長して大人になると種によってパルスの長さが劇的に伸びるものがいるのです。

例えばコンプレッシロストリス種では子どもも大人も「ピッ」のままですが、リンコフォルス(rhynchophorus)種では子どもの頃こそ短いものの、成熟した大人は「ビーーッ」という長い波形に変化します。

同じ川の中に、こうした「声変わりしない種」と「声変わりする種」、さらにその中間的な特徴を持つ雑種までがそろっていて、まるで天然の実験装置のようになっているのです。

「電気で会話する魚の声変わりを調べるなんてマニアックにもほどがある!」と思う人もいるでしょう。

しかしマニアックに思える語群の向こうには、往々にして、面白い真理が潜んでいます。

電気でしゃべる魚たちの「声変わり」を促す遺伝子たち

電気でしゃべる魚たちの「声変わり」を促す遺伝子たち
電気でしゃべる魚たちの「声変わり」を促す遺伝子たち / Credit:Gene and allele-specific expression during electric organ ontogeny in African weakly electric fish (Campylomormyrus)

これまでの研究により、電気魚たちは一般に電気器官という臓器で電気を起こすことが知られています。

しかし電気器官は電気袋のような単純なものではありません。

電気を起こすにはプラス・マイナスの電圧が必要ですが、その最初の一歩は細胞膜という薄い膜を挟む形で作られます。

具体的には、細胞膜には特定の電荷だけを通すトンネルのような構造(イオンチャンネル)があり、このトンネルによる電荷の仕分けが細胞の表と裏の間に電圧を貯めていきます。

そして電撃を起こす瞬間に、個々の細胞が貯めた電気を一気に解放するのです。

コラム:電気器官とは何か?
電気器官とは、魚の体に内蔵された「生きた発電装置」のような組織です。多くの場合、尾びれの付け根あたりに細長く並んでいて、たくさんの「エレクトロサイト」と呼ばれる細胞がぎっしり積み重なっています。この細胞ひとつひとつは、小さな電池のように電位差(電気の押し合いの差)を作ることができ、何百枚も同じ向きにそろえて一気にオンにすることで、体の外に感じ取れるレベルの電気パルスが生まれます。
おもしろいのは、この電気器官が「まったく新しい器官」として突然現れたわけではないという点です。現在の研究では、もともとはふつうの骨格筋だった組織が、進化の過程で収縮する力を捨てて、発電能力に特化した形に作り替えられたと考えられています。
また進化の研究では、「最初の電気器官はサメのように電気を感じる能力」のために出現したと考えられています。(※サメなどは今でも「感じるだけ」で自分では電気を出しません。)その後、獲物探しや仲間とのやり取りに役立つ“レーダー+信号機”として用途を広げ、最終的に攻撃的な使用ができるように高火力化したと考えられます。

そこで今回研究者たちは、このトンネルにかかわる遺伝子を含め、電気器官で働く多くの遺伝子を調べることにしました。

その結果、魚の電気パルスの長さが変わるのに合わせて実に7,094個もの遺伝子で発現量(働き具合)が統計的に有意に変化していることが分かりました。

これはゲノム全体で見ても膨大な数の遺伝子が成長と電気パルスの変化に合わせてオンオフを切り替えていることを意味します。

さらに詳細な解析から、その中でも特に7つの遺伝子は何度も共通して捜査線上に浮かび上がりました。

これらは電気パルスの発達に強く関わる“キープレイヤー”である可能性があります。

その顔ぶれにはKCNJ2(上記の電荷を仕分けるトンネル装置の遺伝子)が含まれていました。

KCNJ2は細胞内にプラスの電荷(カリウムイオン)を引き込むトンネルの遺伝子で、この仕組みが電気器官でどれくらい働くかによってパルスの持続時間が変わると考えられます。

実際、成魚で長いパルスになる種は成長しても変わらない種に比べてKCNJ2の発現量が高く長い「ビーーッ」を出す魚ほどKCNJ2遺伝子が活発でした。

また両種の掛け合わせであるハイブリッドの幼魚では、成長にともなって、KCNJ2のような長い電気パルス(EOD)に関わるとみられる遺伝子の働き方が変化することもわかりました。

その結果、ハイブリッドの魚は幼少期には短い電気パルス「ピッ」という声色だったものが、大人になると中くらいの長さの「ピーッ」へと“声変わり”していたのです。

つまり電気魚の「声変わり」の謎は、遺伝子のオンオフと親から受け継いだ遺伝子の使い分けという視点から見ることで、その一部をかなりきれいに説明できるようになってきたことになります。

もちろん、この研究だけで電気魚の進化がすべて解き明かされたわけではありません。

それでも、暗闇の川底で交わされる「ビーッ、ビッ、ビーッ」という電気のやり取りが、単に不思議な現象ではなく、細胞膜とそこに開いた電荷を選別するトンネルの遺伝子に関連するストーリーとして描けるようになってきた意義は大きいです。

将来、KCNJ2などの遺伝子を意図的に操作する技術が進めば「どのくらいの長さの電気ボイスを持つ魚を作れるか」という、ちょっとSFじみた実験も行われるかもしれません。

元論文

Gene and allele-specific expression during electric organ ontogeny in African weakly electric fish (Campylomormyrus)
https://doi.org/10.1038/s42003-025-09503-9

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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