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義妹「お義母さんお願い♡お義姉さんは無理!」毎週末、双子育児を丸投げ。私だけ拒絶…双子の残酷な告白!義妹終了♪

  • 2026.1.14

結婚すると、配偶者だけでなく「きょうだい」やその家族との関係も一気に広がります。本来なら心強いはずの存在が、いつの間にか距離感を間違え、家庭に土足で踏み込んでくることもあるのが現実です。頼んでもいないのに口を出す。勝手な判断で話を進める。自分は“家族”だと正論を振りかざし、面倒なところは丸投げ。
今回は、そんな困った義きょうだいに振り回された2つのエピソードをご紹介。「善意だから」「身内だから」で押し切られそうになったとき、何が起き、どんな結末を迎えたのか。
距離を間違えた“家族ごっこ”の末路とは……。

毎週末、母と姉に双子を預ける義妹→でも私が預かるのは拒否…理由を探って真実を追及!

私には姉と弟がいます。近所にある実家には、母と姉が一緒に暮らしており、弟も実家近くで妻のA子さんと、5歳の双子と4人で暮らしています。

私も弟家族も、母が育てた野菜をもらいに実家へ立ち寄る機会が多く、よく顔を合わせていました。

弟夫婦は、はたから見ると、とても幸せそうに見えていたのですが……。

毎週末、双子を預けて出かける義妹

ある日、私は弟から相談を受けました。A子さんが家の貯金を勝手に使い込み、高級なブランド品を大量に購入していたそう。「次にこんなことがあれば離婚だ」と釘を刺したものの、弟は心配で仕方がない様子でした。

しかし、その不安は的中してしまいます。シフト勤務で週末は夜勤が多い弟。ある週末、母が一度、双子を預かったことをきっかけに、A子さんは毎週末、実家に双子を預け、ひとりで出かけるようになりました。ついには平日の夜も、弟が夜勤の日は必ずと言っていいほど、双子を預けに来るようになったのです。

これにはさすがに母も困惑。日曜に予定があった母が「日曜は預かれないわよ」と伝えると、A子さんは当然のように「じゃあ、土曜日はお義母さん、日曜日はお義姉さんが見てください」と言ったのです。偶然、実家を訪れていて、私もその場に居合わせたので「私が見るよ!」と申し出ると、なぜか「絶対イヤです!」と拒否されました。

家族の中でも特に双子と仲がいいのは私なのになんで……? A子さんの反応に違和感を覚えた私は、そのまま実家に週末まで泊まることに。私も一緒に実家で双子の面倒を見ることにしました。

そして、私が「ママは、どこにお出かけしてるの?」と双子に聞くと、双子から衝撃の事実を聞かされたのです。

双子が教えてくれた義妹の秘密

初めは「内緒ー! ママとの約束だから言わない!」と言っていた双子でしたが、「でも、お姉ちゃんにだけは教えてあげる!」と言い、小声で私に話してくれました。

「ママはね、ホストに行ってるの! かっこいいお兄ちゃんのところだよ!ママのカレシもいるの!」と、双子は無邪気に教えてくれたのです。私が双子を預かることをA子さんが拒否したのは、家族の中でも特に私は双子と仲がいいため、不倫がバレることを恐れたからではないかと思いました。

私は弟に双子から聞いた話を報告。すると弟は、A子さんのいない間に家を調べると言っていました。

そして翌日の夜、この日は姉が双子を預かる日。弟は仕事の都合をつけて、家中を調べたそうです。すると、複数のホストの名刺を発見。さらに、プレゼントに用意していたであろう、男性の名前が刻印されたアクセサリーを見つけたのです。

そして弟はすぐさま探偵に義妹の調査を依頼。数週間の調査の結果、A子さんと刻印されていた名前の男性の不倫が発覚しました。調査報告によると、A子さんの不倫相手は、ホストクラブで黒服として働く男性。さらにその男性は既婚者でした。

不倫相手の男性は自分の妻が不在の間に、自宅にA子さんを連れ込んでいたのです。A子さんは、ホストクラブに通い、夜遊びをしていただけではなく、そこで働く男性と不倫まで……。

弟から真実を聞き、私も母も姉も言葉を失いました。ちょうどそのときです。A子さんが再び、双子を預けにやって来ました。

「どうしてあなたがここに!? 仕事じゃないの?」と、弟の顔を見て驚くA子さん。弟は、A子さんに「シフトを変わってもらった。今日も俺が夜勤だから子どもたちを預けに来ると思ったよ。それでお前は男とお楽しみか?」と言いました。

調査報告書を突きつけられ、絶望したようにその場で崩れ落ちたA子さん。さらに弟は「もうお前とは離婚だ。子どもたちの親権は俺が持つ。慰謝料と養育費もしっかり払ってもらうからな」と冷たく言い放ちました。

身勝手な義妹の顛末

その後、弟とA子さんは離婚。弁護士を通して協議した結果、双子の親権は弟のものになり、A子さんは借金をして、弟に慰謝料を支払い、養育費についてもきっちり支払うと約束したそう。不倫相手からも相応な額の慰謝料を受け取ることができた弟。

もちろん、A子さんと不倫相手の秘密の関係は破綻。A子さんは借金返済のため、アルバイトを掛け持ちし、寝る間もなく働き詰めだと聞きました。

一方、弟と双子は実家で暮らし、母や姉の協力もあって穏やかな日々を取り戻しました。私も頻繁に実家へ遊びに行き、双子の笑顔に癒されています。

◇ ◇ ◇

子どもたちを預けて、不倫とは……身勝手すぎる義妹の行動にはあきれてしまいますね。自分の欲望だけで周囲を顧みない人には、いずれ天罰がくだるのでしょう。お母さんやお姉さん、みんなの助けがあって子どもたちが平穏に暮らしていることは、唯一の救いでした。義妹には、これをきっかけに心を入れ替え、これから関わる誰かを傷つけないよう、誠実に生きていってほしいですね。

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

「家族なんだから」と一言で押し切られると、断った側が悪者のような空気になってしまいます。好き勝手に引っかき回しておいて、困った瞬間だけ丸投げ――そんな身勝手さは通らず、きっちり代償を払うことになりました。

続いては、距離感のブレーキが壊れた義きょうだいが登場。口だけは立派に仕切るのに、後始末は丸投げ――。都合よく“家族”を使う人が、どんな結末を迎えたのか見ていきましょう。

義姉「作り置きは嫌いだから作り直して」私「3000円になりますが?」家政婦扱いする義姉に反撃開始!すると…!?

義姉が実家に出戻ってきてから、私の毎日は地獄に変わりました。 彼女は私をまるで家政婦かのように扱い、「ごはんがまずい」と文句を言っては、作ったばかりの料理を平気で残す人。何度料理が無駄になったことかわかりません。「ここは義姉の実家でもあるから」と自分に言い聞かせ、耐える日々でした。 でも、そんな生活にも限界はあるのです……。

「実家の母さんと……一緒に住んでもらえないかな」

夫が切り出したのは、青天の霹靂とでも言うべき提案でした。話を聞けば、義姉が突然「結婚するから」という書き置き1枚を残して家を出ていったというのです。


「信じられないだろ? 母さん、最近腰を悪くして動くのもつらそうなのに……。姉さん、今まで料理も洗濯も何一つせず、全部母さんにやらせてたくせに、いざ自分が世話をする番になった途端、逃げ出しやがったんだ……」


夫の言葉には、義姉に対する軽蔑と怒りがにじんでいました。義母がろくな食事もできず、起き上がるのさえつらそうにしていると聞き、私の胸は締めつけられるようでした。今までやさしくしてくれた義母を、見捨てるなんて選択肢はありません。


「もちろんよ! 一緒に住もう。私にできることなら、何でもするから!」

こうして始まった義母との同居生活。それは、嵐の前の、ほんの束の間の穏やかな時間だったのです。

女王さまのご帰還

同居を始めて3カ月――。

元凶である義姉から、能天気な声で電話がありました。

「ちょっと、あんたたちが母さんと住んでるって聞いたわよ〜! 早く言ってよぉ!」


その声色だけで、嫌な予感で背筋がぞくりとしました。そして予感は最悪の形で的中します。

「それなら安心だし、私も実家に戻っちゃおっかな〜♡」


聞けば、義姉は旦那さんに家事ができないことや嘘がバレて大げんかになり「出て行け」と言われたとのこと。つまり、自分の都合が悪くなったから、また母親の世話になろうと舞い戻ってきたのです。私たち夫婦が同居していると知って、自分専用の家政婦ができたとでも思ったのでしょうか。


「私は嫁いだ身だし、お母さんの介護は嫁であるあんたの仕事!」「私の部屋、ちゃんと掃除しといてよね! 布団も干しといて! じゃ!」


あまりの言い草に、私は受話器を握りしめたまま凍りつきました。

夫が「妻にだけは迷惑をかけるな」と釘を刺してくれたにもかかわらず、義姉はわが家に帰ってくるなり、女王さまのように振る舞い始めたのです。

義姉が来てから、私の生活は一変しました。もちろん、悪いほうへ。

「ねぇ、お風呂まだ?」「のど渇いた、お茶」「昨日の煮物、味なかったけどぉ?」「作り置きはいや、できたてを作って」


一日中ソファでスマホをいじりながら、私を顎で使う義姉。フルタイムで働き、慣れない介護に奮闘している私を捕まえては、「てかあんた、要領悪すぎない? 見てるこっちが疲れるんだけど」とあざ笑うのです。


悔しさで奥歯を噛み締め、胃に鉛を詰め込まれたような毎日。夫は何度も義姉に注意してくれましたが、義姉は弟の言葉など聞く耳を持ちません。

「ごめんな……。姉さんて、昔からああなんだ。俺が強く言うと、すぐに泣きわめいて母さんに泣きつく。そのせいで母さんの体調が悪くなったこともあって、どうにも強く出られない自分がいるんだ……。本当に情けないけど」

義姉の言動はますますエスカレート。鏡に映る自分の顔から、日に日に笑顔が消えていくのが嫌でもわかりました。

意外なところから差し伸べられた救いの手

心身ともに限界だったある日――。

就寝前の義母が私の手をそっと握って、やさしく話しかけてくれたのです。

「……本当にごめんなさいね。あの子のせいで、あなたを苦しめて……」「正直に教えて。……もう、ここを出ていきたいと思っているんじゃない?」


図星でした。涙がこみ上げてきて、私は正直な気持ちを打ち明けました。


「ここはお義姉さんのご実家です。嫁の私が『出ていって』なんて言えるはずもなくて……。だから、もう無理だと思ったら、私が出ていくしかないのかなって……」


すると、義母は今まで見たこともないほど強い瞳で、私を見つめました。

「違うわ! ここはもう、あなたの家なのよ!!」

その声は、静かでしたが、私の魂を震わせるほど力強いものでした。


「あの子のために、この家と家族を守ってくれているあなたが去る必要なんてない!もう我慢しなくていいのよ。あんな子に、1ミリも遠慮なんていらない! あの子のためにもならないし、なにがあっても、私があなたの味方だから!」「私はね、あなたには本当に感謝しているのよ。あなたのこと、本当の娘のように想っているんだから」


その瞬間、私の心の中でなにかが弾けました。張り詰めていた糸が切れたのではなく、がんじがらめになっていた鎖が、粉々に砕け散ったのです。


「……はいっ! お義母さん! 私、もう我慢しません!!」

涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、私はたしかに笑っていました。反撃なんて、しようと思えばいつだってできたのです。ただ、私の覚悟が決まっていなかっただけ……。

怒りの鉄槌による義姉の終焉

次の日の夜――。

「気分転換してらっしゃい」と、夫との外食を勧めてくれた義母。その言葉に甘えて、私はあらかじめ作っておいた夕食を冷蔵庫に入れ、夫は久しぶりの外食を楽しんでいました。

しかし、せっかくのディナー中に義姉からメッセージが。そして、義姉はいつものように私に命令してきたのです。

「私、作り置きは食べない主義って言ってるでしょ!」

「早く作り直してちょうだい」

私はいつもの調子にあきれつつも、速攻で返信しました。

「では1食1,500円なので、3,000円いただきますね」

「は?」さすがに驚いた様子の義姉に私は続けました。


「あ、お義母さんからまだ聞いてなかったですか? 先日、お義母さんと二人でしっかり話し合って決めたんですよ。『お義姉さんには相応の料金をいただきなさい』って言ってくださって」


「は!? あんた、頭おかしいんじゃないの!? お母さんがそんなこと言うわけないでしょ?」と怒りのメッセージを送り返してきた義姉に、私は冷静に返します。


「言いましたよ。私の料理が口に合わない人に、これ以上タダで食事を提供するつもりはありません。どうしても作りたての食事がお望みなら、どうぞ外食でもしたらいいじゃないですか。そもそも食費はいつもわが家持ちでしたよね。食材と料理の手間賃をこれからは請求させていただくので。1食1,500円なので、作り直すなら合計3,000円です」

スマホの画面を見せると、隣で夫が「よく言った!」と私の手を固く握りしめてくれました。その後、お義姉さんから返信が来ることはありませんでした。

翌日、お義姉さんが気まずそうに食卓につきました。その日の私が用意した夕食は「レタスそのまま、ゆで卵、冷やしトマト」でした。

案の定、お義姉さんは声を荒らげます。

「ちょっと、なんなのよこれ! 昨日の嫌がらせのつもり!? ふざけてるの!?」

私は冷静に返しました。

「いいえ? これが、温め直し不要の基本の食事です。もちろん無料ですよ。でも、もし『温かい作りたてのものが食べたい』などのご要望があるのでしたら、昨夜お伝えした通り有料のオプションサービスになりますが、いかがなさいますか? 1品1,500円で承りますが」

私の言葉に、お義姉さんは顔を真っ赤にして黙り込みました。 無料で提供されるものにこれ以上文句は言えず、かといってプライドが邪魔をして「お金を払うから作って」とも言えない。彼女は、手も足も出せなくなったのです。

そして、悔し紛れにこう叫びました。

「も、もういい!お母さんに全部言ってやるから!!」

「ですから、お義母さんからは『遠慮はいらない』と、ちゃーんと許可をいただいてます」私が冷たく言い返すと、義姉の顔がサッと青ざめました。

最大の味方だと思っていた母親から見放された事実をようやく実感したのでしょうか。彼女はわなわなと震えながら「こんな家、出てってやるわ!」と叫び、嵐のように去っていきました。

ホッとしたのも束の間、もちろんそれで終わるわけがありません。翌日にはもう、旦那さんから離婚届を突きつけられて行くあてがなくなったと、義姉が半泣きで電話をかけてきました。


「ごめんなさい。もう、あなたの帰る場所はここではありません」

実は、すでに義母は弁護士と司法書士に相談して、私たち夫婦にこの家を正式に贈与する手続きを終えていたのです。一時的に居座っていただけの義姉には、居住を主張する権利すらありません。

義母は、義姉の学費や結婚資金で遺留分に相当する以上の援助をしてきた、とため息をつきながら言っていました。その記録も取ってある――と。

それを告げると、電話の向こうからは絶望の悲鳴が聞こえてきました。それ以来、義姉から私に連絡が来ることは二度とありませんでした。

その後――。

義姉は正式に離婚が成立したそうです。行く当てがなく泣きついてきたお義姉さんに、お義母さんは一度だけ、アパートの初期費用を援助したと聞きました。

ですが、そのときに「親としてできるのはここまでです。これからは自分の力で生きなさい。この家にあなたの居場所はもうありません」と、はっきり伝えたのだそう。お義姉さんは今、必死にパートをしながら、一人でなんとか暮らしていると、夫がどこからか聞いてきました。

一方の私は、夫と義母と、3人で穏やかな日々を過ごしています。

かつて義姉のせいでバラバラになりかけた家族。でも今は、思いやりでつながったこの暮らしが、私にとって大切な居場所になっています。血のつながりだけが家族じゃない。互いを思いやり、支え合う「心」で、人は本当の家族になっていくんだと、そう思います。

大変な出来事ではありましたが、この一件を通して、私たちは本当の意味での「家族」になれた気がします。

◇ ◇ ◇

家族を盾に好き放題すれば、いずれ居場所ごと失います。義姉が踏みにじったのは料理だけじゃなく、支えてくれた人の限界でした。そして最後に守られたのは、我慢し続けた人ではなく、線を引いて家を守った人。都合よく“家族”にぶら下がったツケは、きっちり現実で回収されるのでしょう。

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

いかがでしたか?

今回の2本で共通していたのは、「家族」を免罪符にして、負担だけ押し付けるところ。預ける・頼る――それ自体は悪ではありません。しかし、そこに誠実さと節度がなければただの寄りかかりです。

善意に寄りかかり、都合よく踏み込み、責任から逃げた瞬間に“家族”は助け合いではなく搾取に変わります。線を引かれたときに残るのは、感謝でも絆でもなく、失った信用だけなのかもしれませんね。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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