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「毎日頭痛がする」市販薬で耐える父。職場から着信があり病院に急行、医師から求められた緊急の決断

  • 2026.1.15

私の両親は私が高校生のころに離婚し、それからは父と兄の3人暮らしでした。そして時がたち、私が結婚して実家を離れたことがきっかけで、父の食生活が偏り気味になってしまいます。この食生活の偏りがきっかけで、父は命に関わるほどの大きな病を発症してしまったときのことをお話しします。

父の体調の変化を心配し

父は昔から、私が食べられないほどの辛いものや、塩分の多いものばかりを好んで食べる不健康な食生活を送っていました。

食事管理は私の担当です。父の健康を気づかい、薄めの味付けをしても醤油などを追加してかけるので、「塩分が高いものは健康によくないから控えるようにして!」と、時には厳しく父に言ったこともありました。

しかし私が結婚し、実家を離れてからというもの、父の食生活は再び不健康になっていたようです。1歳年上の兄が実家で父と暮らしていましたが、父とは反りが合いません。

栄養のあるものを食べているのか心配だったので、私は定期的に父の様子を確認しに実家へ帰るようにしていました。

実家に帰るたびに、カップ麺などの塩分が多そうな食べ物が山のように置かれている光景を目にします。あるとき、父は「毎日頭痛がする」と言いだしたのです。心配だったのでその数日後にも実家に行き父に聞いてみると、どうやら日常的に頭痛は起きているようでした。

父は病院嫌いで、よほどのことがない限り病院を受診しないため、痛みをごまかすために市販の頭痛薬を服用していたようです。実家へ帰るたびに父の顔色は悪く、どんどんとげっそりしていく様子が見受けられました。

心配になった私は、父に一度きちんと病院を受診するように勧めましたが、父は私の言葉には耳も貸してくれませんでした。

父の勤務先から着信が

ある日の仕事の休憩時間、ふと携帯をのぞくと、父の勤務先からの10件以上の着信がありました。普段父の勤務先から電話がかかってくることはなかったため、父の身に何かあったに違いないと思いすぐに電話をかけ直しました。

すると、父が勤務中に倒れて救急車で搬送されたとのこと。私は仕事を切り上げ、急いで父の搬送先の病院に向かいました。

勤務先の方が父に付き添ってくださっているとのことだったので、私も病院へ向かっている旨を伝えるために、勤務先の方に連絡。その方が、父が倒れたときの様子を教えてくれました。

父は勤務中に何の前触れもなく倒れ、搬送時には意識がなかったそうです。

昔から父は自分を犠牲にしてでも周囲には迷惑をかけたくないという性格でした。私が幼いころ、外出した際に知り合いと偶然出会い、笑顔で元気に接していた父を見ていましたが「実はあのとき体調がかなり悪かったんだ」と後から聞かされていたことも。

おそらくこの日も、交通誘導員であった父はその場を離れると交通状況に支障が出ると思い、体調が悪かったにもかかわらず我慢していたのかもしれません。

意識がないと聞いた私は、「あのとき、自分が無理やりにでも病院に連れて行けばよかった」「このまま父の元気な姿を見られなくなるかもしれない」と思うと、病院へ向かう車内で涙が止まりませんでした。

父が倒れた原因は…

父の職場の近くにある病院では処置ができないとのことで、少し遠方の病院に父は搬送されました。搬送先の病院は、私の職場から1時間以上かかることが予想されたため、到着するまでに時間がかかると思い、一度搬送先の病院へ電話をかけることに。

すると、父の担当医から「今、脳出血を起こしている状態です。今すぐ手術をおこなわないと危険な状態なので、手術の同意をいただけないでしょうか」と言われました。私は突然のことに頭が真っ白になりましたが、それ以上今はなすすべがないとのことだったので「手術をお願いします」と伝えました。

その後も私は車内で「手術が成功したとしても元気な父には会えないかもしれない……」などとよからぬことばかりを考えながらも、父の病院へ急ぎました。

病院へ到着し看護師から入院の案内などの説明を聞いていると、手術を終えた父を乗せたストレッチャーが私の前を通りました。父の顔を見ようと近付くと、最後に実家で会ったときとはかけ離れた姿の父が。

父の周りにはたくさんの管があり、頭は包帯で巻かれた状態だったのです。そんな父を目の当たりにし、私の気持ちはずっと落ち着きませんでした。

担当の医師から、高血圧による脳出血を起こしていたことと、出血の範囲が広かったため後遺症が出るかもしれないという説明を受けました。まだ意識は回復しておらず、油断できない状態にあるため、しばらくICU(集中治療室)で様子を見ることに。

そしてICU(集中治療室)での入院から2週間ほどして、病院から「状態が落ち着いているので、本日から普通病棟に移りますね」との連絡がありました。

まとめ

幸い父は一命を取り留めましたが、右手足の麻痺と言葉が出にくくなる後遺症と向き合う生活になりました。医師の話を聞き、当時父が訴えていた「頭痛」は、高血圧によって体が悲鳴を上げていたサインだったのかもしれないと痛感しています。

離れて暮らしていた間の食生活の乱れが、ここまでの事態を招いてしまったのでしょう。「本人が嫌がるから」と引き下がってしまいましたが、あのときもっと強く受診を勧めていればと、悔やんでも悔やみきれません。

この経験を通じ、家族の健康を守るためには、時には嫌がられても強引に病院へ連れて行く勇気が必要なのだと学びました。今後、家族の体に少しでも異変を感じたときは、遠慮せずに強く受診を勧めようと心に誓いました。

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。

著者:新畑とも/30代女性。元気いっぱいの兄妹に翻弄(ほんろう)されつつも子育てを楽しむママライターです。何事も全力で! をモットーに日々過ごしている。

イラスト/おんたま

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています


監修者:医師 新田 正光先生

1997年秋田大学医学部卒業。日本循環器学会 専門医。日本内科学会 総合内科専門医・指導医。その他、日本心血管インターベンション治療学会、日本透析医学会、日本救急医学会や日本不整脈心電図学会の専門医も勤めている。

ベビーカレンダー/ウーマンカレンダー編集室

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