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「趣味に生きて、何が楽しいの?」友人を切り捨てていた私。大人になって“沼”に落ちた結果

  • 2026.1.15

筆者の話です。
若い頃は、熱中する同世代を「何が楽しいんだろう」と眺めていました。
けれど大人になって出会った『ある楽しみ』が、私の日常を思いがけず変えていき──。

画像: 「趣味に生きて、何が楽しいの?」友人を切り捨てていた私。大人になって“沼”に落ちた結果

冷めた目

学生時代「そんなに楽しい?」とつぶやく私をよそに、友人たちは夢中で語っていました。
休日を全部使って没頭する友人を見ても「そこまで?」と首をかしげるだけ。
夢中になれるものがない自分を当たり前だと思い、人の『好き』に深く触れようともしていませんでした。
楽しそうに語る横顔を見ても、どこか自分には関係のない世界のように感じていたのです。

変わる日常

そんな私が、大人になってから偶然触れた『あるジャンル』に心を引き寄せられました。
最初は興味本位で眺めただけなのに、気づけば関連する作品を調べたり、新作の情報を追いかけたりと、行動が自然と変わっていきました。

仕事帰りの電車でも、その話題に触れるだけで気持ちがふっと軽くなる。
「楽しみがあるだけで、こんなに違うんだ」と驚くほど、日常の景色が明るく感じられたのです。
自分にこんな一面があったとは、思いもしませんでした。

本性に気づく

ある休日、集めていたアイテムを整えながら眺めていると、ふと若い頃の自分がよぎりました。
友人のあのときの表情が、ふいに頭の中で鮮明によみがえったのです。
当時、趣味に夢中になる人を「不思議」と思っていた私が、今はすっかり同じ顔でその感覚を味わっていました。

あの頃の私は、夢中で話す友人の表情を「理解できない」と切り捨てていました。
誰かの『好き』を笑うことで、自分を保とうとしていたのかもしれません。
そのことに気づいた瞬間、胸の奥に静かな熱が広がりました。

好きの力

今の私は、趣味が心の支えになり、毎日を前向きにしてくれる存在だと感じています。
大人になって少し余裕ができたからこそ、思いをかける深さも変わるのだと思います。
その深さが楽しさにつながり、自分の機嫌を自分で整えられるようになりました。

若い頃の自分には戻れないけれど、あのとき理解できなかった『誰かの楽しさ』が、ようやく分かるようになった気がします。
大人になってやっと、人の『楽しさ』に寄り添えるようになった自分が少しだけ好きになれました。
『好きの力』に救われる日が来たことを、今では少し誇らしく感じています。

【体験者:50代女性・筆者、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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