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「俺はもうダメだ」35億円の“借金地獄”で髪が抜け過呼吸に…それでも“自己破産しなかった男”の伝説

  • 2026.1.28

芸能界には、眩いスポットライトの裏で、多額の借金を背負いながらも笑顔を絶やさず歩んできた人たちがいます。今回は「借金を背負った過去がある芸能人」をテーマに、5名をセレクトしました。本記事ではその第3弾として、矢沢永吉さんをご紹介します。信頼していた側近の裏切りと、35億円という多額の借金…。日本ロック界のカリスマ・矢沢永吉さんが歩んだ波乱万丈の人生とは――?

※本記事は、筆者個人の感想をもとに選定・制作された記事です

ロックスターを襲った悪夢:35億円の借金の真相

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GoogleGeminiにて作成(イメージ)

矢沢永吉さんは、広島から夜汽車に揺られて上京し、そこから半世紀にわたり日本のロックシーンの頂点を走り続けてきたカリスマです。著書である自叙伝『成りあがり』は若者たちのバイブルとなり、読み継がれてきました。ノリの良いロックンロールと、胸に染みる甘いラブバラード。その両方を自在に歌い分け、日本のロック界を代表する存在として、今もなお輝き続けています。

70代を迎えた現在もステージに立ち、走り続ける矢沢さん。しかし、その笑顔の裏には、あまりにも過酷な試練がありました。

悲劇が始まったのは1998年。世界進出という大きな夢を胸に、オーストラリアで音楽スタジオなどの建設を計画していた時期でした。長年信頼してきた身内のスタッフと、CM撮影を通じて知り合った現地コーディネーターが共謀し、矢沢さんの知らないところで土地やビルを勝手に売却していたのです。

明らかになった負債は、約35億円という途方もない額でした。金銭的な損失だけではありません。信じていた側近に裏切られた衝撃は大きく、矢沢さんが人生をかけて描いてきたビジョンそのものを踏みにじられた出来事でした。

“自己破産”という選択肢もありましたが、矢沢さんはこの出来事を“自分がまいた種”と受け止め、すべての責任を背負う道を選びます。困難から逃げずに立ち向かう姿勢は、ロッカー・矢沢永吉の生き様そのものでした。

絶体絶命の矢沢永吉を救った一言

とはいえ、事件発覚後、矢沢さんは「俺はもうダメだ」という心境になるほど、心身ともに追い込まれていました。完全に打ちのめされ、酒に頼る日々が続いたといいます。2022年7月19日放送の日本テレビ系『ザ!世界仰天ニュース』では、髪の毛が抜け、過呼吸にまでなった状況を赤裸々に告白しています。

どんよりした雲がずっと覆いかぶさっているような感覚の中で、追い打ちをかけるように一部のマスコミから「だまされた矢沢が悪い」と激しいバッシングを受けました。そのときの絶望感は、想像を絶するものだったでしょう。

そんな暗闇の中で、かすかな光となったのは、妻を通じて伝えられた税理士の先生の言葉でした。

「本気で矢沢が返すつもりなら、返せない額じゃない」――そう告げられたのです。

この言葉を耳にした際、矢沢さんは「本当か?」と何度も、何度も聞き返したといいます。嘘でもいいから何かにすがりたかった――。そう語る矢沢さんの言葉からは、当時の切実な心境がひしひしと伝わってきます。

この一言が命綱となり、矢沢さんは再び立ち上がる決意を固めました。自己破産という選択肢を捨て、真正面から責任を果たす道を選んだのです。

苦難を乗り越えて

壮絶な借金を背負った時代を経て、矢沢さんは今も第一線で活躍しています。

驚くべきことに、35億円という巨額の負債をわずか6年で完済。2025年9月15日放送のNHK『MUSIC SPECIAL』では、プロ野球界のレジェンド・イチローさんと約20年ぶりの対談を果たし、失敗を乗り越えた先にある唯一無二の人生観を語り合いました。

また、ニッポン放送の『矢沢永吉のオールナイトニッポンGOLD』(2025年9月26日放送回)に出演した際には、自身の原動力を「止まったら死んでしまうマグロ」に例え、生涯現役で走り続ける覚悟を力強く示した矢沢さん。

完済から年月が経った今、かつて事件の舞台となったオーストラリア・ゴールドコーストの海へ「また泳ぎに行こうぜ」と妻に言えるようになったというエピソードも残っています。そこからは、長い苦難を越えた末に手にした心の平穏と、人としての器の大きさが伝わってきます。

『成りあがり』――失敗を失敗のままで終わらせない生き様

矢沢永吉さんの物語は、単なる借金返済の記録ではありません。再起不能と思われるほどの失敗を、自らの力で乗り越え、不滅の伝説へと塗り替えていった再生の物語です。

真正面から責任を果たし続けたことで、世間の見方も少しずつ変わっていきました。「だまされたヤザワ」から、「やるね、ヤザワ」へ――。失敗を失敗のままで終わらせず、それを糧に新たな“信頼”という財産を築き上げた矢沢さん。

その生き様は、“失敗しても、きちんと向き合い乗り越えれば、また次の道は開ける”という力強いメッセージを私たちに投げかけてくれます。困難な時代を生きるすべての人にとって、立ち止まらずに不屈の精神で走り続ける矢沢さんの姿は、“希望”そのものといえるでしょう。


※記事は執筆時点の情報です