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綾野剛主演のR18映画『星と月は天の穴』 言葉では割り切れない男と女との関係性

  • 2025.12.19

教科書には載っていないこと、学校の授業では習わないことを、映画の世界は教えてくれる。映画は不良っぽい友達のような存在だ。綾野剛が主演した『星と月は天の穴』も、刺激の多い異色の恋愛映画となっている。

男と女が体の関係を結ぶことで、心の距離はどう変わっていくのか。性欲と愛情のボーダーはとても曖昧で、気持ちと身体は必ずしも一致しない。そんな男女の心と体が次第に変化していく様子が、本作ではペーソスとエロティズムを交えて描かれている。

綾野剛演じる主人公がさまざまな女性たちと情事を重ねる物語を通して、言語化が容易ではない男女間の関係性について考察してみよう。

注目の新ヒロインを次々と輩出する荒井晴彦監督作

中年作家を演じた綾野剛と、女子大生・紀子役の咲耶
(C)2025「星と月は天の穴」製作委員会 中年作家を演じた綾野剛と、女子大生・紀子役の咲耶

昭和の人気作家・吉行淳之介が小説『星と月は天の穴』を発表したのは1966年。脚本家として『Wの悲劇』(1984年)や『ヴァイブレーター』(2003年)など数々の名作を手掛けてきた荒井晴彦は、18歳のときにこの小説を読み、いつか映画化したいと考えてきたという。当時の吉行淳之介は文壇きってのモテ男として知られていた。

近年の荒井晴彦は監督業にも精力的で、『火口のふたり』(2019年)や『花腐し』(2022年)など、エロスをテーマにした監督作が高く評価されている。『火口のふたり』では瀧内公美、『花腐し』ではさとうほなみがブレイクしたことでも話題となった。

綾野剛が『花腐し』に続いて荒井監督とタッグを組んだ本作のヒロインを演じるのは、オーディションで選ばれた咲耶(さくや)。難航していたヒロインオーディションの最後に現れ、荒井監督に「あなたは今までどこにいたの?」と言わしめた逸材だ。

2000年生まれの咲耶は、父親が吹越満、母親が広田レオナという芸能一家に生まれた二世女優だが、「七光り」に頼ることなく、綾野剛を相手に大胆なベッドシーンに挑んでみせた。公開後はかなりの注目を集めるだろう。

女性と本気で向き合えないバツイチの40男

Netflixドラマ『地面師たち』や『でっちあげ』など話題作への出演を続ける綾野剛
(C)2025「星と月は天の穴」製作委員会 Netflixドラマ『地面師たち』や『でっちあげ』など話題作への出演を続ける綾野剛

映画の時代設定は1969年、主人公は小説家の矢添克二(綾野剛)。売れっ子作家だが、結婚には一度失敗しており、40歳を過ぎて独身生活を送っている。若いころから歯が悪く、入れ歯をしていることも彼のコンプレックスとなっている。女性と本気で交際することが億劫になっており、なじみの娼婦・千枝子(田中麗奈)がいる娼館にたびたび通っていた。

空想上の存在であるB子(岬あかり)をヒロインにした恋愛小説を執筆していた矢添は、銀座のギャラリーで女子大生の瀬川紀子(咲耶)と知り合う。紀子を自宅まで車で送る矢添だが、ある勘違いから紀子を連れて旅館へと立ち寄ることに。

矢添にしてみてば、20歳以上も年齢の離れた紀子とは、軽い遊びのつもりだった。だが、紀子は思いのほか積極的で、断続的に交際が続くことになる。体を重ねていくたびに、2人の関係性も深まっていく。心を閉ざしがちな矢添の内面へ、ズカズカと踏み込んでいく紀子だった。体だけの関係だったはずが、矢添の中では紀子の存在が徐々に大きくなっていく。

赤く光るヒロインの腹部

矢添(綾野剛)は43歳、紀子(咲耶)は21歳。22歳の年齢差があった
(C)2025「星と月は天の穴」製作委員会 矢添(綾野剛)は43歳、紀子(咲耶)は21歳。22歳の年齢差があった

全編にわたってモノトーンの映像となっている本作だが、部分的にパートカラーが使用されている。とりわけ印象に残るのは、矢添と紀子との3度目のベッドシーン。全裸姿でベッドに横たわっていた紀子の腹部の盲腸手術の痕だけが、赤く光っている。

セックスの快感を知った紀子の体は、思いがけないところから赤く染まり始めていた。肉体の変化に、紀子自身が驚いてしまう。

タイトル回収シーンもいい。夜空を見上げた紀子は「星と月は天の穴ね」と隣にいる矢添につぶやく。当初はどこかアンバランスに思えた矢添と紀子だが、いつしか同じ星空を見つめる対等な関係になっていた。体だけの関係から、内面的なつながりも持ったことを感じさせる。

夜の公園でブランコを漕ぐ女

結婚が決まり、千枝子(田中麗奈)は夜の世界から足を洗うことに
(C)2025「星と月は天の穴」製作委員会 結婚が決まり、千枝子(田中麗奈)は夜の世界から足を洗うことに

荒井晴彦脚本作『幼な子われらに生まれ』(2017年)、『福田村事件』(2023年)にも出演していた田中麗奈は、本作では娼婦の千枝子役を好演している。千枝子が娼婦であることを知らない男性と結婚することが決まり、矢添は珍しく千枝子を娼館の外へと連れ出す。

酒を飲み交わた2人は、矢添が暮らすマンション近くの公園で別れを惜しむ。体の関係は何度もあったものの、最後まで恋愛感情には発展しなかった2人だった。矢添が去った夜の公園で、千枝子はひとりブランコを漕ぐことになる。

宙を揺れるブランコは、少女性の象徴だろうか。千枝子が漕ぐブランコの音を、矢添はマンションの部屋から聞き続ける。紀子の弾けるような若さとは対照的な、もう後戻りができない大人たちの哀愁が漂う秀逸なシーンとなっている。

咲耶を落ち着かせた綾野剛の言葉

荒井監督は「男が女に負けるコメディなんだ」と咲耶に説明している
(C)2025「星と月は天の穴」製作委員会 荒井監督は「男が女に負けるコメディなんだ」と咲耶に説明している

公開に先立って、ヒロインの紀子を演じた咲耶に話を聞く機会があった。なじみの娼婦・千枝子のことを「使い慣れた道具」呼ばわりするなど、ミソジニー(女性蔑視)さを感じさせる矢添だが、撮影現場の綾野剛はとても紳士的だったそうだ。

演技経験の少ない咲耶にスタッフが難しい指示を出した際は、綾野が間に入って分かりやすい言葉で説明してくれたという。また、緊張気味だった咲耶には、咲耶の母・広田レオナが主演した恋愛映画『エンドレス・ワルツ』(1995年)のタイトルを挙げ、「そこまで激しくないけど、僕たちの『エンドレス・ワルツ』にしようね」と言って、咲耶を落ち着かせるのと同時に奮い立たせている。

『エンドレス・ワルツ』は、現在は作家として活躍する町田康が伝説のサックスプレイヤー・阿部薫、広田レオナが元女優で作家の鈴木いづみに扮した実録映画。恋愛感情を激しく燃え上がらせた2人の刹那的な生き方を赤裸々に描いている。日本版『シド・アンド・ナンシー』(1986年)と称したくなる作品だ。ちなみに『エンドレス・ワルツ』を撮った若松孝二監督は、荒井晴彦の師匠筋でもある。

男女の関係性は、理屈で容易に割り切れるものではない。時に言葉とは裏腹な行動に出てしまうこともある。そんな言語化が難しい、不可解さを伴った恋愛感情に映画の世界で触れてみてほしい。

観る人によって、主人公の矢添は現代では通用しないミソジニストにも映るし、コンプレックスだらけの憎めない男にも映るに違いない。あなたの目にはどう映るだろうか。

公開作品データ

『星と月は天の穴』
原作/吉行淳之介 監督・脚本/荒井晴彦
出演/綾野剛、咲耶、岬あかり、吉岡睦雄、MINAMO、原一男、柄本佑、宮下順子、田中麗奈
配給/ハピネットファントム・スタジオ R18+
12月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
(C)2025 「星と月は天の穴」製作委員会

https://happinet-phantom.com/hoshitsuki_film/

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