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32年前、一切の虚飾を剥ぎ取った“無防備な叫び” ジャンルの壁を超えた“嫌じゃない旋律”

  • 2026.2.17

1994年2月。テレビをつければ煌びやかな衣装を纏ったスターたちが華やかに歌い、街には景気の良さを引きずった明るいポップスが溢れていた。誰もが口ずさめるキャッチーなメロディが正義とされていたその影で、ある「異端」の音が、若者たちの鼓膜を震わせた。それはユーモラスな顔とは正反対の、あまりに鋭く、そして逃げ場のないほどに生々しい響きだった。

電気GROOVE『N.O.』(作詞・作曲:石野卓球)――1994年2月2日発売

テレビの喧騒を離れた、真夜中のひとりごと

1994年という年は、日本の音楽シーンにおいて大きな転換期であった。いわゆるJ-POPという言葉が定着し、ミリオンセラーが次々と誕生する一方で、一部のアーティストはより個人的で、より深い内面的な表現を模索し始めていた。

それまでの電気GROOVEといえば、過激なパフォーマンスや冗談めかしたキャラクターが先行していた。しかし、この3枚目のシングルで彼らが提示したのは、一切の虚飾を剥ぎ取った「個」の叫びだった。

イントロで鳴り響くギターの音色、そして全開で駆け抜けるテクノサウンド。それは焦燥感に突き動かされるような激しい熱量を帯びている。都会の冷たい風を切り裂きながら、どこへ行くあてもなく走り続けるような、止まることのできないビート。それは、都会の孤独を優しく包み込むような、不思議な温度感を持っていた。

過剰な装飾を削ぎ落とし、ミニマルでありながらも情緒豊かなサウンド。そこには、当時「テクノ」というジャンルが持っていた「無機質で冷たい」という固定観念を、根底から覆すような温かな響きが宿っていた。

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石野卓球-1998年撮影(C)SANKEI

原点という名の鏡に映した、若き日の焦燥

この楽曲を語る上で欠かせないのが、その出自である。実はこの作品は、1993年12月にリリースされたアルバム『VITAMIN』からのリカットシングルなのだが、そのルーツはさらにさかのぼる。

彼らがまだインディーズで活動していた1990年、1枚目のオリジナル・アルバム『662 BPM BY DG』に収録されていた『無能の人』という楽曲が、その原型となっているのだ。かつて若さゆえの焦燥感や、やり場のない感情をぶつけていた原曲が、数年の時を経て、より洗練された、洗練されたからこそ胸に迫る切なさを伴う旋律へと生まれ変わった。

私小説的でありながらも、誰の心にもある「居場所のなさ」や「揺れ動く自己肯定感」にそっと寄り添う。その絶妙な距離感こそが、リリースから30年以上が経過した今でも、多くのリスナーが「自分のための歌」だと感じてしまう理由なのかもしれない。

「テクノ」という冷たい器が、温かな心を運んだ瞬間

彼らはこの一曲を通じて、電子楽器の向こう側に確かに存在する「人間」の息づかいを証明してみせた。緻密に構築されたリズムの上を、言葉が淡々と、けれど確かな重みを持って流れていく。感情を爆発させるのではなく、静かにそこに置いていくような表現。それは、言葉にできない不安を抱えていた当時の若者たちにとって、どんな応援歌よりも力強く響いた。

大きなタイアップや、爆発的なセールス記録といった目に見える数字だけでは測れない価値が、この曲にはある。リリース当時、ランキングの頂点を争うような大ヒットにはならなかったかもしれない。しかし、その音は確実に、ある人にとっては「人生を変える出会い」となり、またある人にとっては「眠れない夜の隣人」となった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。