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20年前、“頑張れ”を言わなかった応援ソング ケツメ印で描いた“等身大のメッセージ”

  • 2026.2.17

2006年。世の中はまだ、スマートフォンの光に支配される前だった。人々は折りたたみ式の携帯電話を開き、限られた文字数で誰かと繋がり、小さな画面の中でブログやメールを綴っていた時代。2月という季節は、冷たい風の中にほんのりと春の気配が混じり始め、卒業や進学、就職といった人生の大きな節目を前に、誰もが少しだけ心細さを抱えていた頃だ。

そんな、期待と不安が複雑に絡み合う街角で、そっと耳元に届けられた一曲があった。

上戸彩『笑顔のままで』(作詞・作曲:RYOJI)――2006年2月15日発売

当時、上戸彩という存在は、テレビで見ない日はないほどの圧倒的な輝きを放っていた。ドラマ、CM、映画。どの画面を切り取っても、彼女のひたむきな笑顔がそこにはあった。けれど、その多忙を極める日々の裏側で、彼女が歌手として紡ぎ出したこの楽曲は、私たちが知る「元気いっぱいの上戸彩」とは少し違う、もっと繊細で、もっと柔らかな体温を感じさせるものだったのだ。

移ろいゆく季節、そっと置かれた温かな記憶

この曲がリリースされた2006年当時、音楽シーンはひとつの大きなうねりの中にあった。ヒップホップの要素をポップスに落とし込み、日常の何気ない風景を叙情的に歌い上げるスタイルが、多くの若者の心を捉えていた時代。その中心にいたのが、ケツメイシのRyojiである。

『笑顔のままで』には、当時の彼女を取り巻いていた熱狂的な喧騒とは無縁の、穏やかな時間が流れている。アコースティックな響きを大切にしたトラックは、まるで休日の昼下がりに、窓から差し込む陽だまりの中にいるような心地よさを聴き手にもたらしてくれる。それは、第一線を走り続ける彼女が、ふとした瞬間に見せた「素顔」のようでもあった。

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上戸彩-2006年撮影(C)SANKEI

飾らない言葉が、心の隙間を埋めていく

楽曲の根幹を支えているのは、Ryojiによるどこか懐かしく、そして切ないメロディラインだ。ケツメイシの楽曲でも聴かれるような、日本語の響きを美しく生かした歌詞は、上戸彩というシンガーが持つ透明感のある歌声と、驚くほど自然に共鳴している。

編曲を手がけたのは、ケツメイシの数々のヒット曲に関わってきたNAOKI-T。音数を詰め込みすぎず、余白を活かしたサウンドメイクは、聴く者の想像力を刺激する。軽快なリズムに乗せて届けられるのは、決して押し付けがましくない「エール」だ。

そんな「ケツメ印」とも呼ぶべき“ケツメイシらしさ”に溢れたこの楽曲には、「頑張れ」と背中を強く押すのではなく、「そのままの君でいいんだよ」と隣で寄り添ってくれるような、そんな優しさが満ちている。当時の彼女が、分刻みのスケジュールをこなしながら、マイクの前でどのような想いを込めたのか。その答えは、この飾らない歌声の中にすべて詰まっているような気がしてならない。

誰かの背中を、そっと押すための勇気

2006年という時代は、誰もが「自分らしさ」という正解のない問いに向き合い始めた時期でもあった。SNSが普及し始める直前の、個人の声がまだ少しだけ小さかった頃。だからこそ、この楽曲が描く「日常の尊さ」や「自分を信じることの大切さ」は、多くのリスナーの心に深く染み渡った。

上戸彩のボーカルは、技術的な巧拙を超えた部分で、聴く者の心に訴えかける力を持っている。彼女の声に含まれる、ほんの少しの震えや、温かな吐息。それらが重なり合ったとき、楽曲は単なる音の連なりではなく、誰かへの「手紙」のような手触りを持つようになるのだ。

Ryojiが彼女に提供したこの曲は、当時の彼女自身の物語であると同時に、毎日を必死に生きる私たち一人ひとりの物語でもあった。大きな舞台でスポットライトを浴びる彼女も、学校や職場で悩みを抱える私たちも、心の奥底で求めているものは同じだということを、この曲は教えてくれる。

時を越えて響く、色褪せないエールの形

あれから20年という月日が流れた。今や彼女は、表現者としてさらに深みを増し、新たなステージで活躍を続けている。世の中の仕組みは変わり、音楽を聴く環境も、連絡手段も、あの頃とは比べものにならないほど便利になった。

けれど、ふとした瞬間にこの曲を聴き返すと、2006年のあの冷たい空気や、少しだけ不安だった自分の気持ちが、驚くほど鮮明に蘇ってくる。それは、この『笑顔のままで』という楽曲が、時代という枠を超えた、普遍的な優しさを宿しているからに他ならない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。