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32年前、空港ドラマの舞台を超えた“切実なラブソング” 「痛み」を抱えて25万ヒットしたワケ

  • 2026.2.16

1994年。窓の外を流れる景色は目まぐるしく変わっても、自分の心の中にある「あの日」だけは、どうしても上書きできない。そんな、止まってしまった時間と、再び動き出した鼓動を繋ぐような一曲が、冬の街に響いていた。

山根康広『あの時のように』(作詞・作曲:山根康広)――1994年2月5日発売

それは、大ヒットした前作の余韻に甘んじることなく、大人の恋が持つ「痛み」と「願い」を、一台の車という密室に閉じ込めたような名曲だった。

ひとつ目のカーブを曲がった先にあった、あまりに眩しい「現在」

1993年、日本中に旋風を巻き起こした山根康広。デビューから間もなく放った『Get Along Together』のあまりに巨大な成功の影で、彼はあえて「飾らない日常」の断片を紡ぐことを選んだ。

この曲の物語は、高速道路を降り、ひとつ目のカーブを曲がるところから始まる。そこにいたのは、一年ぶりにふと出会った「君」。再び会った彼女は以前よりも綺麗になっていて、ドアを開けた瞬間の香りだけを残して去っていくような、どこか儚い存在として描かれている。

山根康広という表現者の凄みは、こうした「情景から心の機微を炙り出す」筆致にある。派手な言葉を並べるのではなく、助手席に君を乗せて想い出の道をたどるという具体的なアクションを通じて、埋められない空白の時間を浮かび上がらせたのだ。

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第35回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞した山根康広(C)SANKEI

ドラマの舞台を超えて、個人の記憶へと着地した旋律

この楽曲は、当時放送されていたテレビ朝日系のドラマ『新空港物語』のテーマソングとして多くの耳に届いた。空港という「旅立ち」の象徴をタイトルに冠したドラマを彩りながら、楽曲自体が描いたのは、より身近で、より切実な「かつての愛の落とし場所」を探すドライブだった。

サビで繰り返される「すこしだけでいいから 時間よ止まってしまえ」という叫び。この一節は、聴いていた人々の、「あの日に帰りたい」という秘めた願望を優しく、強く揺さぶった。この曲は単なるドラマソングの枠を超え、聴く者一人ひとりが自分の過去を重ね合わせる「自分だけの曲」となった。

結果として25万枚を超えたヒットは、この曲が持つリアリティへの共感の数と言ってもいいだろう。

祈りのように響く「あの時のように」という誓い

山根康広のボーカルは、後半に向かうにつれて、より祈りに近い熱を帯びていく。ただ「好きだ」と言うのではなく、細かなディテールを愛でるような言葉選び。それが、かつて二人で誓ったはずの愛がどこで消えてしまったのかを自問自答する、切ない内省へと繋がっていく。

最後に繰り返される「I fall in love with you」というフレーズ。これは単なる告白ではない。一度失いかけた感情を、もう一度まっさらな気持ちで手繰り寄せようとする決意の表れではないだろうか。

彼の声は、時に力強く、時に消え入りそうなほど繊細に、この「二度目の恋」の揺らぎを完璧に表現しきっている。32年という長い年月を経てもなお、助手席に残った香りを想起させるような鮮烈さを失っていない。

降りられない「想い出の道」を走り続ける人へ

1994年という、J-POPが華やかなエンターテインメントへと加速していった時代。その片隅で、山根康広は「変わらないこと」の価値を歌い続けた。

誰にでもある、忘れられない道。隣に誰かを乗せるたびに、ふとよぎるかつての面影。この曲は、そうした「未完成なままの想い」を抱えて生きる大人たちにとっての、最良の伴走者であった

32年前の冬、街灯に照らされたアスファルトの上で。あるいは今、夜の静寂を切り裂いて走る車の中で。山根康広の真摯な歌声は、今夜もどこかで「止まってほしい時間」を抱きしめている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。