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32年前、世界の巨匠たちが愛した“ダイヤモンドの歌声” 才能を絶賛された1人の日本人シンガー

  • 2026.2.10

「32年前の冬、土曜の夜を締めくくるあの柔らかな余韻を覚えていますか?」

1994年1月。人々が日常の中にある「ささやかな真実」や「心の安らぎ」を求め始めていた時代。テレビのニュース番組が終わり、日付が変わる直前の静寂に、吸い込まれるような美しい旋律が響いていた。

小比類巻かほる『君はインスピレーション』(作詞:小比類巻かほる・作曲:WARREN HARRY)――1994年1月25日発売

派手な演出や奇をてらった仕掛けはない。だが、その圧倒的な歌唱力と緻密に編み上げられたサウンドは、聴く者の孤独を優しく、そして力強く包み込んでいた。

天才プリンスと巨匠モーリスが惚れ込んだ「規格外の才能」

小比類巻かほるというアーティストを語る際、避けて通れないのがその圧倒的な「世界水準」の音楽性だ。彼女は単なるポップシンガーの枠を遥かに超えた存在だった。1980年代後半から1990年代にかけて彼女が築き上げたキャリアは、今の音楽シーンから見ても驚くほど贅沢で、伝説的なエピソードに満ちている。

彼女はあの「音楽界の天才」プリンスから楽曲提供を受け、プリンスの本拠地「ペイズリー・パーク・スタジオ」でレコーディングを共にするという、日本人アーティストとして類を見ない経験を持つ。1989年のアルバム『TIME THE MOTION』に収録された『MIND BELLS』や『BLISS』は、プリンスのプロデュースによるものだ。

さらに、アース・ウィンド&ファイアーのリーダーであるモーリス・ホワイトも彼女の才能を絶賛した一人だ。1992年のアルバム『FRONTIER』では、モーリス・ホワイトがプロデュースした楽曲が収められている。

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小比類巻かほる-1995年撮影(C)SANKEI

週末の夜、私たちの心に深く沈み込んだメロディ

そんな彼女がアーティストとしての成熟期に世に送り出したのが、21枚目のシングルである本作『君はインスピレーション』だった。この楽曲は、情報番組『ブロードキャスター』(TBS系)のエンディングテーマとして起用された。

一週間の出来事を振り返り、安堵と少しの寂しさが混ざり合う土曜の夜。番組の最後に彼女の歌声が流れると、張り詰めていた心の糸がふっと緩むような感覚を覚えた人も多いだろう。彼女の歌声はまるで「明日に向かうための祈り」のように、静かに街中に響き渡っていた。

時代を越えて届く「一筋の光」

1994年という年は、音楽業界がメガヒットの時代へと突き進む直前の、嵐の前の静けさのような時期でもあった。刺激的なサウンドが溢れかえる中で、この曲が持っていたのは、聴き手の内面に深く沈み込んでいくような「静かなる強さ」だった。

彼女のボーカルは、かつてのパワフルなシャウトをあえて抑制し、囁くような低音から突き抜けるような高音までを自在に操る。その表現力の深さは、プリンスやモーリス・ホワイトといった本物のアーティストたちと渡り合ってきた経験があったからこそ、到達できた境地と言えるだろう。

あれから32年。連絡手段やライフスタイルは劇的に変化したが、夜の静寂の中で感じる不安や、誰かを想う時に生まれるインスピレーションの尊さは変わらない。ふとした瞬間に脳裏をかすめるあのメロディは、今も変わらず私たちの日常に寄り添い、そっと背中を押し続けている。

小比類巻かほるという歌手が、流行という名の消費物ではなく、「心に永住する音楽」を届けていた事実は、今の時代に聴き直すことでより鮮明に浮かび上がってくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。