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25年前、“謎の作曲家”として始動した“女子高生のカリスマ” 70万ヒットを超えた「歌姫の叫び」

  • 2026.3.2
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2001年、「第18回ベストジーニスト」で2年連続受賞した浜崎あゆみ(C)SANKEI

ミレニアムの熱狂が落ち着き、新しい世紀が本格的に動き出した2001年。街にはまだ、あちこちに彼女の顔があふれていた。女子高生のカリスマ、平成の歌姫、時代のアイコン。どんな言葉を並べても足りないほどの熱量の中心に、彼女は確かに存在していた。しかし、その輝きが強まれば強まるほど、歌声の奥にある「影」や「孤独」が、聴く者の心を強く掴んで離さなかった時期でもある。そんな季節に放たれた、ある一曲がある。

浜崎あゆみ『NEVER EVER』(作詞:ayumi hamasaki・作曲:CREA)――2001年3月7日発売

この曲は、単なるヒットチャートの1位を飾るためのポップソングではなかった。それは、絶頂期の中で彼女自身が自らに問いかけ、未来を掴み取ろうとする凄絶なまでの「意志」の表明だったのである。

震える指先で描いた“自叙伝”という名の旋律

『NEVER EVER』を語る上で欠かせないのが、作曲者としてクレジットされている「CREA」という存在だ。これは浜崎あゆみ本人のペンネームであり、彼女が自らメロディを紡ぎ出し始めた時期の重要作の一つである。当時、彼女はすでに作詞家としてその卓越した才能を認められていたが、作曲にも深く関わることで、より純度の高い「自分の言葉と音」を追求し始めていた。

この曲での彼女の歌声は、初期の瑞々しさとは一線を画す、喉の奥から絞り出すような重厚な響きを湛えていた。

アレンジャーにCHOKKAKUを迎えたサウンド面でも、当時のJ-POPの王道とは少し異なるアプローチが取られている。硬質なビートと、幾重にもレイヤーされたボーカル、そして中盤から一気に加速するロック的なダイナミズム。それは、当時彼女が置かれていた「時代の象徴」としての重圧と、そこから逃げずに戦い続けようとする心の揺れを見事に具現化していた。

70万超で共鳴した“正解のない夜”への答え

発売されるやいなやランキングで1位を獲得し、最終的に70万枚を超えるセールスを記録したこの曲。数字以上に人々の記憶に刻まれているのは、この曲が持つ「救い」の形だろう。

2001年という年は、彼女にとって大きな転換点だった。このシングルのわずか3週間後には、あの社会現象となったベストアルバム『A BEST』のリリースが控えていた。日本中が彼女の動向を注視し、過熱する報道や喧騒の中で、彼女はたった一人でマイクの前に立っていた。

『NEVER EVER』は、そんな喧騒からふと離れた深夜の静寂によく似合う。

誰かに向けられた言葉ではなく、自分自身へ言い聞かせるようなフレーズの数々。当時のファンたちは、彼女の歌声に自分の姿を投影していた。学校や職場でうまく立ち回れない自分、将来への不安を抱えながら眠れない夜。そうした「誰にも言えない弱さ」を、彼女の歌声は優しく包み込むのではなく、「それでいいんだ」と隣に立って肯定してくれる強さを持っていたのだ。

だからこそ、派手なダンスチューンでも、涙を誘う定番のバラードでもないこの楽曲が、多くの人の心に深く根を張ることとなった。それは、当時の私たちが最も欲していた「自分を信じるための根拠」を、彼女が命を削るようにして歌い上げていたからに他ならない

時代の狭間で鳴り続ける、消えない心の灯火

あれから四半世紀という月日が流れた。街の景色も、人々の連絡手段も、価値観さえも一変した。ミュージックビデオで見せた、どこか人間離れした美しさと、それとは対照的な「生身の人間」としての叫び。

この曲が描いたのは、完璧なハッピーエンドではない。むしろ、答えの出ない問いを抱えたまま、それでも歩みを止めないという「覚悟」だ。その覚悟は、25年経った今の社会を生きる私たちの胸にも、形を変えて響き続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。