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20年前、“本名”で再スタートを切った“転換の一曲” すべてを肯定して歩き出した“再生のバラード”

  • 2026.2.9

「20年前、まだ吐く息が白かったあの冬の朝を覚えている?」

2006年1月。世の中は少しずつ、デジタルという新しい波に飲み込まれようとしていた。携帯電話の画面は鮮やかになり、誰もが手軽に音楽を持ち歩き始めた頃。そんな変化の真っ只中にあって、不意にラジオや街角から流れてきたのは、驚くほどシンプルで、それでいて力強い「生命」の響きだった。

吉井和哉『BEAUTIFUL』(作詞・作曲:吉井和哉)――2006年1月25日発売

時代を優しく包み込む「普遍的なメロディ」の誕生

この曲がリリースされた2006年1月、日本の音楽シーンは華やかなエンターテインメントに満ち溢れていた。しかし、その喧騒をすり抜けるようにして届いたこの歌は、聴く者の心を一瞬で「素の自分」へと引き戻す力を持っていた。

過剰な装飾を削ぎ落とし、ただ純粋に良い旋律を届けようとする意志。 それは、冬の澄んだ空気のようにどこまでも透明で、それでいてどこか体温を感じさせる温かさに満ちていた。

楽曲の構成は、非常に王道でありながら、細部にまで血が通っている。アコースティックギターの柔らかなストロークから始まり、徐々に熱を帯びていくバンドサウンド。そこに重なるのは、あくまで「歌」を主役へと押し上げるための誠実なアレンジだ。

作詞・作曲・編曲のすべてを吉井和哉が自ら手がけたこの作品には、一人の音楽家としての矜持が、静かな情熱とともに刻まれている。派手なギミックに頼ることなく、メロディの良さと歌声の響きだけで物語を紡いでいく。 その真っ直ぐなアプローチこそが、リリースから20年という月日が流れてもなお、この曲が色褪せない最大の理由なのだろう。

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2009年、「ジョン・レノン スーパーライブ2009」に出演した吉井和哉(C)SANKEI

静かな決意とともに刻まれた「新しい一歩」

この『BEAUTIFUL』という楽曲は、彼のキャリアにおける大きな転換点でもあった。それまでソロプロジェクトとして名乗っていた「YOSHII LOVINSON」という名前から、本名である「吉井和哉」へと名義を改め、再スタートを切った作品だったからだ。

もちろん、名前が変わったからといって彼の音楽性が根本から豹変したわけではない。しかし、この曲を聴けば、彼が自分自身の名前で歌うことを選んだ理由が、音の一つひとつから伝わってくる。誰かの作った架空の物語ではなく、自分自身の喉から出る言葉を、そのままの温度で届けたい。 そんな、音楽家としての原点回帰とも言える誠実な姿勢が、この曲を「特別な一曲」に仕立て上げている。

名義変更というトピックは当時のファンを驚かせたが、それ以上に驚きを与えたのは、提示された音楽の「優しさ」だった。鋭く尖っていた時代を経て、すべてを包み込むような包容力を手に入れた彼の歌声は、孤独を抱えて生きる多くの大人たちの心に、そっと寄り添う光となったのだ。

迷いさえも美しさへと変えていく「音の力」

曲の後半、感情が溢れ出すように高まっていく展開には、聴くたびに胸を打たれる。そこにあるのは、単なるポジティブな応援歌ではない。生きていれば必ず直面する迷いや悲しみ、ままならない日常。それらすべてを「美しさ」の一部として受け入れようとする、祈りに似た肯定感がそこにはある。

2006年という、誰もが前を向くことを急かされていた時代。そんな中でこの曲は、「立ち止まってもいい、そのままの君でいい」と、静かに背中を撫でてくれるような存在だった。

今、改めてこの曲を聴き返してみると、20年前の自分たちが感じていた不安や希望が、不思議なほど鮮明に蘇ってくる。時間は残酷に過ぎ去っていくけれど、音楽が封じ込めたあの冬の空気だけは、今も瑞々しいままそこに残っている。

私たちはこれからも、迷いながら歩き続けるだろう。けれど、耳元でこの『BEAUTIFUL』が流れるたび、自分たちが歩んできた道のりは決して間違いではなかったのだと、そう確信できるはずだ。冬の寒さが厳しければ厳しいほど、その先に待つ光は強く、美しく輝く。 そんな人生の真理を、この曲は今も変わらず教えてくれている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。