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27年前、新しい風に息を呑んだ“煌めきのポップス” ジャンルの壁を鮮やかに飛び越えた“進化を告げる一曲”

  • 2026.2.9

ノストラダムスの大予言が現実味を帯びて語られ、どこか落ち着かない空気が街を覆っていた1999年元日。誰もが「これから何かが変わる」という予感に胸を騒がせていたあの日、1枚のシングルが世に放たれた。

FANATIC◇CRISIS『beauties -beauty eyes-』(作詞・作曲:石月努)――1999年1月1日発売

音楽シーンが巨大な転換点を迎えていたあの日、この楽曲が鳴らした音は、「ヴィジュアル系」という枠組みを軽やかに更新し、新たな時代の始まりを告げる眩い光に満ちていた。

熱狂の余韻と、次なる時代への助走

1999年という年は、日本の音楽史において非常に興味深い時期だった。90年代半ばから吹き荒れたヴィジュアル系の大ブームは、その熱狂が頂点に達した後、少しずつ形を変え始めていた。かつての「闇」や「耽美」といった様式美が世間に浸透しきったことで、バンドたちは自らのアイデンティティを再定義することを迫られていたのだ。

そんな「熱狂の翌朝」のような空気感の中で、FANATIC◇CRISISが提示したのが、徹底的にポップで開かれた世界観だった。彼らはMALICE MIZER、La'cryma Christi、SHAZNAと共に「ヴィジュアル四天王」と呼ばれることもあったが、特定のジャンルに閉じこもることを拒んだ。

1999年の元旦という、すべてが新しく始まる日にこの曲をリリースしたという事実は、彼らが単なるブームの一翼ではなく、新時代を牽引するフロントランナーであろうとした意志の現れでもあった。

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2003年、東京・日比谷野外音楽堂でライブを行ったFANATIC◇CRISIS(C)SANKEI

名古屋から全国へ、FANATIC◇CRISISが灯した情熱の火

FANATIC◇CRISISの歩みを振り返ると、その根底には常に「既成概念への挑戦」があった。バンドの結成は1992年。黒夢やSleep My Dear、Laputa、Merry Go Roundといったバンドと共に「名古屋系」と称され、インディーズシーンで圧倒的な支持を集めた彼ら。石月の圧倒的な歌唱力とカリスマ性、そしてそれを支える鉄壁のバンドサウンドは、瞬く間に全国へとその名を轟かせていった。

1997年にシングル『SUPER SOUL』でメジャーデビューを果たした彼らは、その音楽性を急速に拡大させていった。特に石月は、作詞・作曲だけでなく、衣装やジャケットのデザインに至るまで、バンドのトータルプロデュースを自ら手がける多才ぶりを発揮。彼らが作り上げる世界観は、常にファンの想像を一歩上回る鮮やかさを持っていたのだ。

削ぎ落とされた音色に宿る、気高きポップの美学

通算11枚目のシングルとなった『beauties -beauty eyes-』は、彼らが追求してきた「ポップの極致」ともいえる仕上がりだった。曲が鳴り響いた瞬間、目の前に広がる景色は、冬の冷たく澄んだ空気そのもの。

石月努が描いたこの曲の世界は、単なる希望の提示ではなく、どこか冷徹で客観的な視点を含んでいた。それは、世紀末という時代が持っていた危うさと、それでも前を向こうとする強さが共存していたからかもしれない。

彼らは、ヴィジュアル系という言葉が持つ先入観を、この「音の美しさ」だけで拭い去ってみせた。純粋に「良い曲」を届けるという真摯な姿勢。その誇りこそが、多くのリスナーの心を掴んで離さなかった理由なのだ。

27年の時を超えて響く、あの日見た「美しき視線」

あれから27年。1999年の元旦にこの曲を聴いて、新しい自分に生まれ変わるような高揚感を覚えた若者たちも、今ではそれぞれの人生の重みを知る大人になった。時代は激変し、音楽を巡る環境も、人々の価値観も大きく様変わりした。しかし、ふとした瞬間にこの曲の旋律が耳に飛び込んでくると、あの時感じた「未開の地へ踏み出す勇気」が鮮やかに蘇ってくる。

『beauties -beauty eyes-』というタイトルに込められた、すべてを肯定するかのような眼差し。それは、どれほど不確かな時代であっても、自分自身の視点を信じることの大切さを教えてくれているようだ。彼らが鳴らした「美しき旋律」は、決して色褪せることのない永遠のスタンダードとして、これからも私たちの記憶の中で鳴り続けるだろう。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。