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22年前、5つの音が重なり合った“温かな和声” 孤独さえも優しく溶かした“至高のハーモニー”

  • 2026.2.9

2004年1月。まだ吐く息が白く、都会のビル群が冷たい影を落とす中、ラジオや街頭から流れてきたのは、人の体温をそのまま音にしたような、豊潤で深い響きだった。それは、慌ただしく過ぎ去る日常の足を止め、「今ここにいる自分」を肯定してくれるような、穏やかな魔法を秘めていた。

ゴスペラーズ『街角 -on the corner-』(作詞:相田毅・作曲:岩田雅之)――2004年1月28日発売

都会の隙間を埋める、密やかな体温

1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本の音楽シーンにはR&Bやヒップホップの要素が急速に浸透していった。その潮流の真ん中で、マイク5本という最小限の武器を手に、ヴォーカル・グループとしての新境地を切り拓き続けていたのがゴスペラーズだ。彼らがこの時期にリリースしたのが、この『街角 -on the corner-』という作品だった。

この楽曲が持つ最大の魅力は、聴き手のパーソナルな空間にそっと入り込んでくるような、圧倒的な「近さ」にある。派手なオーケストレーションや攻撃的なビートに頼るのではなく、あくまで5人の声が描く重層的なハーモニーが主役。それぞれの声が、まるでパズルのピースが組み合わさるように重なり合い、ひとつの大きな「ぬくもり」を形成していくプロセスは、まさに職人芸と呼ぶにふさわしい。

5つの個性が溶け合う、グラデーションの奇跡

作曲を手がけた岩田雅之の生み出すメロディは、どこか懐かしく、それでいて都会的な洗練を失わない絶妙なバランスを保っている。そして本作のサウンドをより特別なものにしているのが、編曲を担当したJazztronik・野崎良太の存在だ。

クラブミュージックやジャズのシーンで独自の地位を築いていた野崎によるアレンジは、楽曲に「風通しの良さ」をもたらした。柔らかな音色と、抑制の効いたリズム・セクション。そこにゴスペラーズの幾層にも重なるコーラスが乗ることで、「冬の冷たさ」と「室内の暖かさ」が混ざり合うような、心地よい温度感が生まれている。

5人のボーカリストが持つ異なる個性が、野崎のマジックによってひとつの美しいグラデーションへと昇華されているのだ。

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ゴスペラーズ-2006年撮影(C)SANKEI

特別な日ではなく、何気ない日常を慈しむために

2004年といえば、日本中央競馬会(JRA)が創立50周年という大きな節目を迎えた年でもあった。この楽曲はそのタイアップソングとして、多くの人々の耳に届くことになる。競馬という、多くの人々が集い、それぞれの夢や期待が交錯する場所。そこに「街角」という、誰にとっても身近な風景を重ね合わせたプロデュースは、非常に秀逸だったといえる。

相田毅による言葉たちは、携帯電話が普及し、いつでもどこでも繋がれるようになった時代だからこそ、物理的な場所としての「街角」で誰かを待つ、あるいは誰かと出会うという行為が持つ重みを鮮やかに描く。それが、5人の歌声を通し、聴き手の胸に静かに突き刺さった。

時代を越えて響き続ける、静かなるアンセム

あれから20年以上の月日が流れた。音楽を聴く環境も、人との繋がり方も劇的に変化し、街の景色も塗り替えられた。それでも、冬の冷たい風が吹く夜、このイントロが流れてくると、一瞬にして2004年のあの空気感が蘇ってくる。

それは、この曲が「流行」という消費されるエネルギーではなく、「普遍的な人の情愛」という、枯れることのない泉から汲み上げられた音楽だからだろう。派手な立ち回りで目を引くのではなく、ただそこに凛として立ち、美しい声を重ねる。その誠実な姿勢が、今もなお多くのリスナーの心を温め続けているのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。