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40年前、少女の終わりを告げた“淡い微熱” 大人へと踏み出す境界線で描かれた“移ろいゆく季節の一曲”

  • 2026.2.9

1986年2月。街にはまだバブルの狂騒が本格化する直前の、どこか浮足立ったような、それでいてしっとりとした情緒が残っていた。 新しい時代の足音が聞こえ始め、昨日までの「当たり前」が少しずつ形を変えていく。そんな季節の変わり目に、そっと耳元で囁くようなメロディが流れてきた。

松本伊代『Last Kissは頬にして』(作詞:松本隆・作曲:関口誠人)――1986年2月21日発売

アイドルという枠組みを超え、ひとりの表現者として歩み始めた彼女が、凍てつく空気の中に放った一輪の花のような作品。それは、華やかなスポットライトの下ではなく、都会の静かな夜の片隅にこそふさわしい、繊細な輝きに満ちていた。

都会の夜に溶けていく、少し背伸びをした色彩

1986年という年は、日本のポップスシーンにおいて非常に幸福な転換期だった。シンセサイザーが描く近未来的なサウンドと、歌謡曲が持っていた濃密な叙情性が混ざり合い、洗練された「シティ・ポップ」の残り香がアイドル歌謡にも色濃く反映されていた時期だ。松本伊代にとって18枚目のシングルとなったこの楽曲は、まさにその時代の空気感を象徴している。

デビュー当時の瑞々しく快活なイメージを大切にしながらも、ここでは少しだけ「大人の階段」に足をかけた、危ういほどの透明感が漂っている。「少女」から「女性」へと移り変わる瞬間の、二度と取り戻せない刹那の表情。それが、楽曲全体を包む抑制されたトーンによって見事に引き出されているのだ。 派手な演出で飾るのではなく、あえて余白を残した音作りが、聴く者の想像力を静かに刺激していく。

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松本伊代-1983年撮影(C)SANKEI

言葉と旋律が織りなす、刹那のグラデーション

この楽曲の深みを作り上げているのは、制作陣による緻密な職人技だ。作詞を手がけたのは、日本語ポップスの巨匠・松本隆。彼は、具体的なストーリーを押し付けるのではなく、まるで短編映画のワンシーンを切り取ったような、情緒的な情景を提示してみせた。冬から春へと向かう季節の揺らぎや、心の奥底に沈んだ淡い感情。それらが、言葉の端々に宿る温度感となってリスナーの胸に届く。

そして、その言葉に命を吹き込んだのが、当時C-C-Bのメンバーとしても人気を博していた関口誠人の作曲だ。彼の描くメロディは、どこかノスタルジックでありながら、都会的な鋭さを併せ持っている。起承転結をドラマティックに盛り上げるのではなく、淡々と、しかし確実に感情の輪郭をなぞっていくような旋律。そこに新川博による洗練された編曲が加わることで、楽曲は単なるアイドルソングの域を脱し、時代を超えて響く普遍的なポップスへと昇華された。

「完成されない美しさ」が放つ、永遠の輝き

松本伊代という歌手の最大の魅力は、その独特の「声質」にある。 決して力強く歌い上げるタイプではないが、鼻にかかったような甘さと、どこか寂しげな響きを帯びた声は、他の誰にも真似できない唯一無二の武器だ。この楽曲において、彼女の歌声は楽器のひとつとして完璧に機能している。

言葉を一つひとつ丁寧に置くような歌唱スタイルは、聴く側に「自分だけに語りかけられている」という錯覚を抱かせる。完璧にコントロールされた技巧よりも、揺らぎや吐息の中に宿る真実味。それこそが、40年という長い歳月を経てもなお、この曲が色褪せない理由なのかもしれない。洗練されたサウンドの中で、彼女の歌声だけが体温を持って響き渡る。

季節が巡るたびに、そっとノックする記憶

振り返れば、1980年代半ばという時代は、誰もが「何か」に憧れ、「どこか」へ行こうとしていた。その熱っぽさの中で、この曲が提示した「頬へのキス」という奥ゆかしくも切ない距離感は、かえって鮮烈な印象を残した。激しい情熱ではなく、静かに燃え続ける残り火のような感情。それは、忙しい日常の中で私たちが忘れかけていた、心の機微を思い出させてくれる。

2月の冷たい風が、少しだけ春の匂いを運び始める頃。スピーカーから流れるこの旋律に身を委ねれば、あの頃の自分が歩いていた街並みや、誰かを想って胸を痛めた夜の空気が、驚くほど鮮やかに蘇ってくるはずだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。