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40年前、少女からレディへレディへ“脱皮”したヒロイン “憧れの的”となったワケ

  • 2026.1.15

40年前の春、街がパステルカラーに染まっていくような、あの柔らかな高揚感を覚えているだろうか?

1986年。冬の寒さが和らぎ始めた2月の空気に、凛とした透明感と、どこか大人びた華やかさを連れてきた一曲があった。 それは、当時「ツッパリ」のイメージが強かったひとりの少女が、真のレディへと脱皮した瞬間でもあったのだ。

中山美穂『色・ホワイトブレンド』(作詞・作曲:竹内まりや)――1986年2月5日発売

デビューから4枚目のシングルとして放たれたこの曲は、それまでの彼女のイメージを鮮やかに塗り替え、多くのリスナーの心に春の光を届けた。 テレビCMから流れてくるその軽やかなメロディに、人々は新しい季節の訪れを確信していたのである。

少女がレディへと変わる“春の魔法”

この楽曲がリリースされた当時、彼女は出演ドラマや映画の影響もあり、少し勝気でボーイッシュな印象を持たれていた。 しかし、『色・ホワイトブレンド』で見せた姿は、驚くほどしなやかで、洗練されたものであった

資生堂「'86 春キャンペーン」のCMソングとして起用されたこの曲。 彼女自身がモデルとして出演したその映像は、春の陽光を浴びて輝く「白」が印象的で、お茶の間の視線を釘付けにした。

楽曲を手がけたのは、シンガーソングライターの竹内まりやだ。そのサウンドは、アイドルの枠を超えた音楽的な深みを感じさせるものであった。最終的には20万枚を超えるヒットとなった。

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1986年、東京・中野サンプラザでファーストコンサートをおこなった中山美穂(C)SANKEI

女性たちの憧れとなった歌声

『色・ホワイトブレンド』が、今聴いても都会的でスタイリッシュに響く理由。 それは、竹内まりやによる普遍的なメロディと、編曲・清水信之による洗練された音作りが完璧に融合しているからである。

清水信之によるアレンジは、春の風のように軽快で、それでいて丁寧な音の重ね方が光る。 デジタル全盛に向かう時代の中で、あたたかみを感じさせるポップなセンスが、彼女の少し鼻にかかった甘い歌声を見事に引き立てていた。

彼女のボーカルも、それまでの力強さから一転し、どこか優雅で落ち着いた響きを帯びている。「背伸びをしている少女」ではなく「自分の色を見つけ始めた女性」としての息づかい。 その絶妙な温度感が、当時の多くの女性たちの共感を呼び、憧れの的となったのである。

永遠に色褪せない“ホワイト・スプリング”の記憶

1986年の春、人々はこの曲を聴きながら、クローゼットから新しい服を選び、街へ出る自分を想像していた。 それは、単なるコスメのキャンペーンソングという枠を超え、一つの時代を象徴する「景色」そのものであったのかもしれない。

真っ白な背景の中で少し照れくさそうに、でも自信に満ちた表情で微笑んでいた中山美穂の残像は、今も特別な輝きを放っている。

レコードを回せば、あるいはデジタルの波に乗せて音を鳴らせば、一瞬であの爽やかな季節が蘇る。 40年前、彼女が私たちに教えてくれたのは、「新しい自分に塗り替えていくこと」の楽しさと美しさだったのではないだろうか。

春の光が差し込むたび、私たちは今も、あの透明感あふれる旋律を口ずさんでしまうのである。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。