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20年前、夜のテレビから流れた“並走するポップ” 重厚な物語にハマった明快メロディ

  • 2026.1.4

2006年の冬。夜のリビングで何気なくつけていたテレビから、軽やかなビートが流れてきた。強い言葉も、劇的な演出もない。ただ、一定の速度で前へ進んでいくような音楽。その感触だけが、不思議と耳に残った。

鈴木亜美『Fantastic』(作詞:鈴木亜美・作曲:y@suo ohtani)――2006年2月8日発売

日本テレビ系アニメ『ブラック・ジャック』のオープニング・テーマとして起用され、鈴木亜美にとって初めてのアニメ・タイアップソングとなった楽曲だ。

立ち止まらない時間に寄り添う声

『Fantastic』が放っていたのは、何かを乗り越える瞬間の高揚感ではない。もっと日常的で、呼吸に近い感覚だった。曲は冒頭から終始、一定のテンポを保ったまま進んでいく。加速もしなければ、急に立ち止まることもない。

鈴木亜美のボーカルも同様だ。感情を強く押し出すことなく、旋律に沿って自然に流れていく。誰かを引っ張るでもなく、遅れる人を叱咤するわけでもない。ただ隣で同じ速度で走っている。そんな距離感が、この曲全体を支配している。

当時のアニメ主題歌には、強いメッセージ性や派手なフックを持つ楽曲も多かった。その中で『Fantastic』は、あえて温度を上げすぎない選択をしていた。それが結果的に、作品世界への導入としても機能していた。

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2005年、「スヌーピー ライフデザイン展」内覧会でインタビューに応じる鈴木亜美(C)SANKEI

ポップであることを崩さない設計

サウンドはシンセを軸にした2000年代らしいポップスだが、アレンジは整理され、音の配置も明快だ。リズムは軽快で、メロディは覚えやすい。それでも、過剰な装飾はない。ポップであることを保ちながら、主張しすぎない設計が徹底されている。

作詞を本人が手がけている点も、この曲の性格を形づくる要素だ。言葉は前向きだが、大きな宣言はない。感情を煽るよりも、現在進行形の気持ちを淡々と積み重ねていく。その姿勢が、楽曲全体に一貫した安定感を与えている。

だからこそ、この曲は聴き手に解釈を迫らない。意味を汲み取ろうとしなくても、自然と身体がリズムに乗る。そうした“受け取りやすさ”が、長く記憶に残る理由だった。

アニメの入口で果たした役割

『ブラック・ジャック』という作品は、命や選択といった重いテーマを内包している。その入口で流れる『Fantastic』は、視聴者の気持ちを必要以上に構えさせない役割を担っていた。

重さを強調するのではなく、物語と同じ時間軸で進む音楽。そのバランス感覚が、オープニングとして非常に優れていた。毎週繰り返し耳にすることで、曲は次第に日常の一部として溶け込んでいった。

続いていく時間の中で鳴る音

『Fantastic』は、転機を象徴する楽曲ではない。過去を振り返るための曲でも、未来を誓うための曲でもない。今この瞬間を止めずに進んでいくための音楽だった。

だからこそ、20年経った今でも違和感なく聴ける。時代を強く背負っていない分、記憶の中で風化しにくい。何かを変えるためではなく、続けていくために鳴っていた一曲。

夜のテレビから、静かに走り出したあの音は、今も変わらず、同じ速度で鳴り続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。