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「NHKで一番好きなドラマ」放送終了から9年、今なお語られるワケ…数多の受賞歴を持つ“抜きん出た作品力”

  • 2025.12.17

ドラマや映画の中には、時代を超えて多くの人々の心に刻まれる作品があります。今回は、そんな中から"忘れられない名作"を5本セレクトしました。本記事ではその第3弾として、NHKドラマ『夏目漱石の妻』をご紹介します。千円札の肖像にもなった文豪の、教科書では知ることのできない日常と苦悩。そして、その傍らで夫を支え続けた妻・鏡子の献身的な姿。激動の明治という時代を背景に、ふたりが見つけた夫婦の絆とは――?

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

文豪の素顔を妻の視点から描いた、静かな感動作

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「第25回橋田賞」の授賞式に出席した尾野真千子(C)SANKEI
  • 作品名:土曜ドラマ『夏目漱石の妻』(NHK総合)
  • 放送期間:2016年9月24日〜10月15日
  • 出演者:尾野真千子、長谷川博己 ほか

あらすじ

裕福な家庭で自由に育った19歳の中根鏡子(尾野真千子)は、父・重一のすすめで、夏目金之助(漱石の本名)と見合いをします。天真爛漫な鏡子は金之助(長谷川博己)に一目惚れし、金之助もまた、屈託のない笑顔を見せる鏡子に惹かれ、ふたりは結婚することになります。

金之助が高校教師として赴任した熊本で、新婚生活が始まります。その後、イギリス留学から帰国した金之助は、神経衰弱を患い、被害妄想や暴力的な言動で家族を苦しめるようになります。それでも鏡子は夫を支え続け、金之助は『吾輩は猫である』『坊っちゃん』などの名作を次々と発表し、文豪としての道を歩み始めます。

やがて朝日新聞に入社し、職業作家となった金之助のもとには、若い文学者たちが集まるようになり、鏡子は彼らの面倒を見ながら、夫を陰で支え続けます。重度の胃潰瘍に苦しんだ晩年まで、夫婦として格闘し、成長していく姿が、鏡子の視点から描かれています。

「NHKで一番好きなドラマ」文豪の"人間らしさ"を丁寧に描いた脚本の力

本作が「NHKで一番好きなドラマ」と称される理由は、これまでタブー視されてきた文豪・夏目漱石の暗部を、正面から描き切った脚本の力にあるといえるでしょう。池端俊策さんによる脚本は、夏目鏡子の回想録『漱石の思い出』を原案としながらも、神経衰弱に苦しむ漱石の姿を、美化することなくリアルに映し出しました。

イギリス留学から帰国後、精神的に追い詰められた漱石が、家族に対して暴力的な言動を繰り返す場面は、視聴者に強い衝撃を与えました。千円札にもなった国民的文豪が、実は家庭内で妻や子どもたちを苦しめていたという事実。この描写は決してセンセーショナルに描かれるのではなく、病という視点から冷静に、そして丁寧に提示されています。

同時に本作は、「悪妻」として後世に語り継がれてきた鏡子の姿を、新たな視点から捉え直すことにも成功しています。朝寝坊で料理が苦手、占い好きで浪費家という評価は、実は漱石の死後、弟子たちによって流布されたものでした。ドラマは、明るく前向きで、夫の才能を信じ続けた鏡子の姿を丹念に描くことで、歴史の中で不当に扱われてきた女性の名誉を回復させているのです。

明治という激動の時代において、女性が自分の意志を持ち、夫と対等に向き合おうとする姿は、現代にも通じる普遍的なテーマ性を帯びています。夫婦とは何か、支え合うとはどういうことか――。この作品は、そうした問いを静かに、しかし力強く投げかけてくるのです。

長谷川博己さんと尾野真千子さんの圧倒的演技力

本作を語る上で欠かせないのが、主演のおふたりによる迫真の演技です。特に長谷川博己さんが演じた漱石の神経衰弱の描写は、多くの視聴者の記憶に深く刻まれることとなりました。被害妄想に苛まれ、突然激昂し、家族に暴力を振るう姿は、あまりにもリアルで、視聴者は息を呑むほどでした。

その一方で、病が癒えた後の穏やかな表情や、文学に向き合う真摯な姿勢も繊細に表現されており、長谷川さんの演技の幅広さが光ります。狂気と正気の間を行き来する複雑な人物像を、説得力を持って体現した長谷川さんの演技は、第43回放送文化基金賞の演技賞を受賞するなど、高い評価を得ました。

そして尾野真千子さんが演じる鏡子の存在が、作品全体に温かみと希望を与えています。天真爛漫でありながら、夫の暴力に耐え、それでも前を向き続ける強さ。彼女の笑顔と涙が、視聴者の心を深く揺さぶります。特に、病に苦しむ漱石を必死に看病し、血まみれになりながらも支え続けるシーンは、多くの人々の胸を打ちました。

本作は、ギャラクシー賞2016年10月度月間賞、第25回橋田賞、放送人グランプリ2017グランプリ、平成29年度文化庁芸術祭テレビ・ドラマ部門優秀賞など、数々の賞を受賞しています。こうした評価は、作品の質の高さを物語っているといえるでしょう。

SNSでは、「非常によくできているドラマ」「セリフが身に沁みる」といった声が寄せられ、作品が今なお多くの視聴者の心を動かし続けていることが伝わってきます。


※記事は執筆時点の情報です