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2000年代初頭を象徴する30万ヒット 2STEPを先取りした“無重力リズム”とは

  • 2025.12.28

「24年前の冬、あなたはどんな夜の景色を見ていた?」

2001年、街にはまだアナログな温度が残りながらも、携帯メールやインターネットが少しずつ「当たり前」になっていった。終電後の駅前、コンビニの白い光、タクシーのテールランプ。そのどこかで、鼓動のように小さく跳ねるビートが静かに鳴り続けていた。

m-flo『come again』(作詞・作曲:m-flo)――2001年1月17日発売

カネボウ「テスティモ」のCMソングとして街に流れたこの曲は、彼らにとってメジャー9枚目のシングル。「気づいたら耳に残っている」タイプのポップソングが、30万枚以上売り上げるヒットになっていった背景には、2STEPとLISAのボーカルが生み出した独特の魔法があった。

2STEPが連れていった“少し先の未来”

『come again』の大きなポイントは、当時のJ-POPではまだ珍しかった2STEPのリズムを正面から採り入れていることだ。

2STEPは、イギリスのクラブシーンから生まれた音楽スタイルで、ドラムやサンプルを“細かく切り刻んで再配置する”ことで生まれたリズムが特徴。滑らかさと跳ね感が同居する独特のグルーヴが印象的。

クラブミュージックに明るい彼らだからこそ、当時はまだ早かった本格的な2STEPを見事に取り入れ、すこし斜めにステップを踏むような感覚が、聴き手の身体を自然に揺らしてくれた。

それは、ダンスフロアだけのための音ではなかった。深夜の部屋でひとりで聴いても、通勤電車の中でイヤホンから小さく鳴らしても違和感がない。「クラブミュージック」と「J-POP」の境い目をふわりと溶かしたような、日常に寄り添う2STEP。

2000年代への入り口である2001年というタイミングに、この質感はあまりにもハマっていた。デジタルのスピード感と、人の生活のリズム。その真ん中あたりを、軽いフットワークで駆け抜けていくような音。

『come again』は、その「少し先の未来」を先取りして聴かせる役割を担っていたのかもしれない。

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2007年、映画『Academy』関連会見に登場したLISA(C)SANKEI

LISAの声が描いた“都市の温度”

そして、この2STEPの上を自由に飛び回るように響いていたのが、LISAのボーカルだ。

彼女の声は、高さだけでも低さだけでも語れない独特のレンジを持ち、芯がありながらも角が立ちすぎない。ビートが細かく跳ねているからこそ、LISAのロングトーンがその隙間をすべるように伸びていき、「浮遊しているのに、ちゃんと寄り添ってくる」不思議な安心感を生んでいる

サビで広がるメロディは決して大袈裟ではないが、耳が自然とそこに向かっていく強さを持っている。LISAの声が2STEPのグルーヴに抱かれることで、恋愛ソングでもダンスチューンでもありながら、どこか「都市そのものの温度」を描いているように感じられるのだ。

さらに、VERBALのラップが曲全体の輪郭を引き締める。メロディとラップの境界を曖昧にしながら、言葉のリズムで空間を組み上げていくスタイルは、当時の日本のポップシーンの中でも際立っていた。☆Taku Takahashiが構築するサウンドデザインとともに、3人のバランスがここで一つの到達点を迎えた印象すらある。

“30万枚以上”という数字が示すもの

『come again』は、結果として30万枚以上のセールスを記録し、ランキングでも上位へ食い込むヒットとなった。

しかし、このヒットの感触は、いわゆる「一気に爆発したメガヒット」とは少し違う。テレビの前で一斉に盛り上がるのではなく、CMやラジオ、街のBGM、友人同士の会話やカラオケなど、さまざまな場所でじわじわと浸透していったタイプのヒットだ。

2STEPという新鮮なリズム、LISAのボーカルが持つ普遍性、そしてm-floというユニットが放つ都会的でクールなイメージ。それらがゆっくりと結びつき、やがて「2000年代初頭を象徴する一曲」として多くの人の記憶の中に定着していった。

当時、m-floはすでにクラブ寄りのサウンドとポップスの架け橋のようなポジションを築きつつあったが、『come again』はその橋を一気に太く、広くした作品でもあった。ここから先の彼らの活動や、のちに多く生まれるポップ×クラブミュージック的な楽曲を考えるうえでも、外せない1曲だと言える。

あの頃の夜景を、今も照らし続ける曲

今あらためて『come again』を聴くと、そのサウンドは当時以上に“今っぽく”さえ感じられるかもしれない。2STEPのリズムは2020年代の耳にも自然になじみ、LISAの声は年数を重ねても色褪せることなく、むしろ曲の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。

「あの頃、何となく聴いていた曲が、今聴くとやけに胸に刺さる」

そんな感覚を呼び起こしてくれるのも、この曲の魅力だろう。2001年の自分と、今の自分。その間に流れた時間を、静かに、でも確かに照らし出してくれる。

2STEPのビートに揺られながら、LISAの声に包まれる。そこに重なるのは、あの頃の街の匂いや、夜の冷たい空気、誰かとのやり取り。

『come again』は、24年前の都市の夜を閉じ込めつつ、今もなお、私たちの中の「少し先の未来」をそっと思い出させてくれるポップソングだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。