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初期のavexが放った“匿名歌姫”の衝撃 名前も知らないのに“声”で圧倒されたワケ

  • 2025.12.28

「29年前、VOCALANDって覚えてる?」

まだインターネットが一般化する前、街にはCDショップの試聴機が並び、深夜ラジオから流れる新しい音楽に胸がざわついた1996年の冬。デジタルとアナログがせめぎ合い、音楽もまた“新しい表現”を模索し始めていた時代だった。そんな空気の中で、耳に触れた瞬間に世界が少しクリアになるような1曲が生まれる。

Sala from VOCALAND『SPLENDID LOVE』(作詞・作曲:角松敏生)――1996年1月31日発売

アサヒビール「Z」のCMでふっと流れたその歌声は、まだ名前も知らない“誰かの声”なのに、不思議と心に残った。背後には、J-POPとは異なる“もうひとつの動き”が確かに息づいていた。

ふいに姿を現した、匿名の歌姫

VOCALANDは、角松敏生が総合プロデュースした、ボーカリスト発掘・育成のプロジェクトだ。固定メンバーを置かず、歌声そのものを主役に据えて“匿名シンガー”を送り出すという先鋭的なスタイルが特徴だった。

その立ち上げには、初期のavexで角松と近い距離で動いていた松浦勝人(Max Matsuura)が深く関わっている。当時、まだ組織として固まる前のフレキシブルな環境で、音楽的な実験を自由に形にできたことが、この独自性の高い企画を生んだ背景にあった。

Salaはその中で、クリアで伸びやかな声を持つ女性ボーカリストとして登場した存在。ただし、名前よりも声そのものが前面に置かれた。“情報より音楽が主役”というスタイルが、プロジェクト全体の空気を象徴していた。

そして彼女が歌う『SPLENDID LOVE』は、角松敏生が徹底的に磨き上げた“VOCALANDサウンド”を最も純粋な形で体現した1曲だった。

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角松敏生-2009年撮影(C)SANKEI

デジタルの透明感に宿る、強い体温

『SPLENDID LOVE』の最大の魅力は、聴いた瞬間に空気の温度が変わるような透明感にある。

角松敏生によるメロディは、都会的で洗練されていながら、冷たさではなく柔らかい余韻を残すラインを描いている。そこに乗るSalaのボーカルは凛としていて、芯があり、息の流れまで音楽の一部になっているようだった。

編曲では角松らしい細やかな音の配置が際立ち、厚みよりも“抜け感”を重視した構造で、当時のデジタルポップの中でもひときわ洗練された質感を放っていた。

わずか数十秒のCMで耳を奪うのも当然で、この曲は“VOCALANDという実験を可視化した象徴”として、多くのリスナーに強い印象を残した。

小さな枠の中で輝いた、プロジェクトの輪郭

『SPLENDID LOVE』はランキングのトップを争うタイプではなかったものの、CMでのオンエアをきっかけに認知され、後にプロジェクト全体への興味を引き寄せる役割を果たした。

作品の一つひとつが“声”と“音像”の追求に振り切られており、90年代J-POPの中に確かな違和感と美しさを残した。

1996年の冬の光景を思い返すと、街に漂っていた期待と不安の混じる空気が、そのまま『SPLENDID LOVE』の透明感に溶け込んでいるように感じる。

情報が過剰にあふれる時代になった今、名前も姿も多くを語らず、ただ“声”だけで世界を描いた曲は、どこか逆に新鮮だ。

あの頃の試聴機で出会ったような、“偶然の感動”がふいに蘇る。VOCALANDという静かなプロジェクトが残した透明な余韻は、今もなお、聴くたびに心をそっと洗い流していく。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。