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34年前、TKが仕掛けた“謎シングル” “伝説の問題作”がファンを混乱させたワケ

  • 2025.12.14

「34年前、こんな“正体の読めない音楽”が突然出てきたことを覚えてる?」

1991年の初め。バブルの余熱が街にまだ残り、夜の繁華街にはネオンの霞が漂っていた頃だ。景気の影はまだ表に出ていないのに、どこか社会全体が“浮かれきれないムード”を抱えていた。

そんな微妙な揺らぎの中で、音楽シーンにも説明のつかない空気の断片がふと紛れ込むことがあった。その象徴のように現れたのが、まさにこの一枚だった。

TMN『RHYTHM RED BEAT BLACK (Version 2.0)』(英語詞:Patricia Wynn・作曲:小室哲哉)――1991年2月1日発売

発売当時、この曲は“24枚目のTM NETWORKシングル”でありながら、なぜか電気GROOVE(現・電気グルーヴ)と組むという前代未聞のスプリット方式でリリースされた。

しかも元になったのは、TM NETWORKのシングルとしてすでに世に出ていた前作『RHYTHM RED BEAT BLACK』の“リメイク”。ただしその表現は控えめだ。実際には、歌詞がすべて英語詞に置き換わり、楽曲の空気感まで一新されていた。

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2025年、映画イベントの舞台挨拶に登壇したTM NETWORK(C)SANKEI

静けさの奥で密かに燃えていた“混ざり合う衝動”

なにより異彩を放ったのは、電気GROOVE側が放った『RHYTHM RED BEAT BLACK(Version 300000000000)』という存在だった。読み方は“3那由他(なゆた)”。0の数が足りていないというツッコミすら公式設定の一部のような、悪ふざけ全開のタイトルだ。

当時の電気GROOVEは、石野卓球・ピエール瀧・CMJKという3人体制。彼らはTM NETWORKのツアー『CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜』の衣装を着たジャケット写真で登場し、その圧倒的な“意味のわからなさ”が、発売前からファンを混乱させていた。

TMN側はシリアスで硬質なビートのリメイク。対して電気GROOVE側は、ラップを駆使した、ほぼ別物の“異世界産ビートミュージック”。両者の違いはあまりにも大きく、まるで同じ素材を使った“別次元の作品”が隣り合っているようだった。

当時のリスナーにとって、この温度差こそが最大の衝撃であり、困惑であり、そして妙な魅力だった。

街の空気が浮き足立つでも沈み込むでもなく、ただ“揺らいでいた”1991年のムード。その曖昧さと奇妙に共鳴していたとも言えた。

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2015年、ドキュメンタリー映画「DENKI GROOVE THE MOVIE?~石野卓球とピエール瀧~」初日舞台挨拶に登壇した電気グルーヴ(C)SANKEI

TMNが投げかけた“再構築”と、電気GROOVEが示した“脱臼”

TMNの“Version 2.0”は、当時の小室哲哉が志向していたダンス・ミュージックの未来図をコンパクトに凝縮したような一曲だった。デジタルの硬質さが前面に出ていながら、どこか人間的なグルーヴがまだ残っている。リメイクとはいえ、むしろ別軸の進化を見せているような肌触りが特徴的だ。

一方で電気GROOVEの“Version 300000000000”は、すでに“電気が電気である理由”を十分に放っていた。フレーズやボーカルをサンプリングしつつ、ラップとカットアップで完全に異物化し、原曲の残像だけがうっすらと漂う。マッシュアップのようでありながら、明確に“新しい曲”に仕上がっている。その自由度は、いま聴いても時代の5歩も10歩も先を走っているように感じられる。

この両者の作品が1枚に収められたという事実は、“音楽の再構築”と“音楽の脱臼”がひとつの円盤に閉じ込められた、極めて特異な瞬間だった。

“謎シングル”がランキングにいきなり飛び込んだ理由

ジャンルの境界線が曖昧になり始めた時代の入り口だったとはいえ、このスプリットはあまりにも型破りだった。内容はもちろん、発売形式すら説明できないほどの実験。

しかし、TM NETWORKの絶大な人気も相まって、シングルはランキング初登場4位を獲得。最終的には10万枚以上を売り上げる結果となった。

当時のファンの間では、

「なぜこれを出したのか」

「これは一体どう受け取ればいいのか」

といった混乱が渦巻きつつ、その混乱自体が作品の価値を押し上げていった。

最終的にこのシングルは、“説明のつかないものが説明のつかないまま愛される”という、稀有な立ち位置を獲得することになる。

時代を飛び越えた“伝説の問題作”

いま振り返ると、この作品は単なるリメイクでも、単なる悪ふざけでもなかった。

TMNと電気GROOVEという、一見水と油に見える2組がそれぞれの文法で“同じ素材に触れた”とき、音楽がどれだけ多様な転び方をするのか。その実験結果が、1枚のシングルに濃縮されてしまったのだ。

それは、のちにクラブシーンやサンプリング文化が一般化していく日本の音楽史を考えると、明らかに先駆的だった。むしろ早すぎたと言っていい。

そして発売から34年が経った今でも、このシングルは“未解読のまま”語り継がれている。わからなさが魅力になり、理解不能が伝説に変わる。そんな特別な瞬間が、1991年のこの一枚には確かに刻まれていた。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。