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39年前、最強タッグが生んだ“軽やかな恋の瞬間” 柔らかく甘い“軽やか”な歌声

  • 2025.12.14

「39年前、あの街角に流れていた音を覚えてる?」

1986年の冬。乾いた空気にきらきらした光が混じり始めて、街はどこか“新しい季節の予感”で満ちていた。雑誌の表紙を飾るファッションも、化粧品のCMも、どこか軽やかで、未来に向けて開いていくような空気をまとっていた。

そんな“都会の春風”のようなムードをまるごと閉じ込めたのが、この一曲だった。

岡田有希子『くちびるNetwork』(作詞:Seiko・作曲:坂本龍一)――1986年1月29日発売

彼女にとって8枚目のシングルであり、カネボウ化粧品のCMソングとして放たれたこの曲は、時代の空気と見事に共鳴しながら、多くの人の記憶に“ひと足早い春”を運んだ。

誰もが息をのんだ、“完璧すぎる布陣”

『くちびるNetwork』を語るとき、まず触れずにはいられないのが、その制作陣の豪華さだ。

作詞はSeiko名義の松田聖子。作曲はYMOの坂本龍一。そして編曲はムーンライダーズのかしぶち哲郎。80年代中盤のJ-POPシーンにおいて、これほど“完成された布陣”はめったに存在しなかっただろう。

特に坂本龍一が手がけたメロディは、当時のアイドルポップスとしては驚くほど洗練されていた。跳ねるように転がるフレーズと、都会的な透明感。そこへ、かしぶち哲郎が織り上げた軽やかなシンセサウンドやリズムが重なり、曲全体が“ふわりと風をはらんだような質感”を持つに至った。

そして中心に立つ岡田有希子の歌声は、そのすべてをしなやかに束ねていた。柔らかく甘いのに、決して重くならない。軽やかに気持ちを浮かせてくれるようなニュアンスが、作品に“完成された都会のかわいさ”を添えていた。

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岡田有希子-19884年撮影(C)SANKEI

風に乗るみたいに届く、この曲の“特別な軽さ”

80年代のアイドルソングにはキラキラした世界観が多かったが、『くちびるNetwork』が放つ軽やかさは、そのどれとも違っていた。甘さをまといながらもベタつかず、聴く人の心の中にスッと溶け込んでいく。

坂本龍一のメロディラインは、ひとつひとつの音を“跳ねさせすぎない”絶妙なバランスで構築されている。結果として、歌の温度はずっと一定で、無理に感情を押し付けてこない。

そこに岡田の柔らかい声が重なることで、聴く側が自然と“自分の気持ち”を重ねられる余白が生まれていた。

アイドルの声でありながら、どこかアーティスト性を感じさせる。ポップソングでありながら、しっかりと都会的。この絶妙な領域に曲が収まっていたからこそ、たった数分の音楽が“ワンシーンの映画”のように心に残るのだ。

CMから街へ広がった、“時代の気分そのもの”だった楽曲

カネボウ化粧品のCMソングとして使われたことで、この曲は当時の女性たちの日常へ、より自然に溶け込んでいった。雑誌もテレビも、若い女性の生活に寄り添う商品が時代を牽引していた時代。

その世界観の中で流れる『くちびるNetwork』は、単なるタイアップ曲ではなく、“憧れの空気”そのものとして受け取られていた。

また、この曲がリリースされた1986年は、J-POPが大きく変化する節目の年でもあった。音楽の作り手たちが、より都会的で洗練されたポップスを追求し始めた時期。その潮流の中で、松田聖子×坂本龍一×かしぶち哲郎という布陣は、まさに“最先端のポップス”を象徴する存在だった。

『くちびるNetwork』は、そんな時代の気分を軽やかにすくい取りながら、岡田有希子というスターの魅力をひときわ際立たせていた。

華やかさよりも、可憐さ。強さよりも、透明感。

彼女が持っていた特別なニュアンスが、この曲で鮮やかに息づいていた。

思い出すたび、胸の奥でふわっと揺れる

今聴いても、この曲の“春風のような軽やかさ”はまったく色あせていない。

現代のポップスのような過剰な装飾がなく、シンセもリズムも必要な分だけ、さりげなく息づいている。そして曲の中で最も印象を残すのは、やはり岡田有希子の声だ。

それは派手でも力強くもない。だけど、ひとつの音が鳴るたびに、ふわっと心の奥の柔らかい部分が揺れる。

“あの頃の空気を思い出す”というより、“あの頃の気持ちが戻ってくる”

そんな不思議な時間が、今の私たちにもそっと訪れる。39年という時間を超えても、あの頃の春の光はまだ消えていない。『くちびるNetwork』は、これからもきっと街のどこかで、ふいに私たちの心をときめかせるのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。