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29年前、“冬の女王”がヒロインに託した“静かな願い” 素朴だけど耳に残る“歌声”

  • 2025.12.18

「29年前の冬、あなたはどんな景色を見ていた?」

まだ少し冷たい風が頬をかすめ、街路樹の影が長く伸びる1月の午後。大学のキャンパスには、在校生や受験生たちのざわめきが漂っていた。あの頃のテレビをつければ、ドラマの中に混ざりこんだ“等身大の主人公”が、視聴者の心を静かに照らしていた。画面越しに響く声は、少し不器用だけれど温かく、そっと寄り添うような佇まい。その空気感とともに、ふわりと耳に届いてきた曲がある。

内田有紀『幸せになりたい』(作詞・作曲:広瀬香美)――1996年1月24日発売

優しさが輪郭を持った“あの日の声”

『幸せになりたい』は、内田有紀の5枚目のシングルであり、彼女自身が主演したTBSドラマ『キャンパスノート』の主題歌として親しまれた。作詞・作曲を担当したのは、冬の名曲を数々生んだ広瀬香美。さらに編曲には、本間昭光が参加している。

ドラマの舞台と重なるように、この曲には“日常の延長にある温度”が宿っている。決してドラマチックに盛り上がるわけではない。激しい感情を押し出すわけでもない。それでもどこか心の奥でじわっと温まっていくような、静かな力を持ったミディアムバラードだ。

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内田有紀-1995年撮影(C)SANKEI

そっと寄り添う、広瀬香美ならではの“包容力”

広瀬香美といえば、伸びやかな歌メロや勢いのある構成を思い浮かべる人も多いだろう。だが『幸せになりたい』は、そのイメージとは少し違う表情を見せている。

メロディはまっすぐで、とても素朴。大きな起伏よりも、感情の波をやさしくすくい上げるようなラインが続く。編曲の本間昭光によるサウンドも、穏やかさを軸にしながら、ピアノやストリングスが丁寧に感情の輪郭を整えてくれる。

そして何より、内田有紀のやわらかな歌声が、この曲の核になっている。

派手な技巧ではなく、“言葉をそのまま届けたい”という純粋な響き。

その素朴さが、当時のリスナーにも深く届いた理由だろう。

“ドラマと声”が結びつく時代ならではの魅力

90年代半ばの音楽シーンでは、ドラマと主題歌が強く結びつき、作品の印象が音楽を通して定着するケースが多かった。

『キャンパスノート』の世界観と『幸せになりたい』がリンクしたことで、曲は単なる“タイアップ”を超えて、視聴者の生活に溶け込んでいった。

内田有紀は当時、女優・歌手と幅広く活躍し、常に映像の中で新しい表情を見せていた。そんな彼女が歌う“まっすぐな願い”は、テレビ越しに見るキャラクターの息づかいとも重なり、より強く、優しく響いていたように感じる。

シングルは40万枚以上を売り上げ、本人の歌手活動の中でも特に存在感のある作品となった。華やかさよりも、日常の温度が伝わる楽曲が、これだけ多くの人の心に届いたという事実は、今振り返っても少し驚く。

そっと胸につもる、静かな願いの余韻

この曲に触れた瞬間に感じる“温度”がある。派手ではないけれど、どこか心を解いてくれるような安心感。冬の光が少しずつ春に向かっていく、あの微妙な季節の空気。その曖昧なやわらかさを、この曲はそのまま抱きしめてくれている。

時代が移り変わり、音楽の聴かれ方も大きく変わった今でも、ふと思い出すときがある。静けさの中に優しさがにじむミディアムバラード。『幸せになりたい』という作品は、29年経った今もそっと胸に残り続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。