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「NHKの神作」「私の人生を変えたドラマ」放送から19年経ても…“人生で1番好き”と語られる至高の一作

  • 2025.12.26

毎朝の15分が待ち遠しくなる、視聴者の心にそっと寄り添いながら、笑いと涙、そして小さな勇気を届けてきた朝ドラ。その中でも「忘れられない」と呼ばれる名作の朝ドラをご紹介します。

連続テレビ小説『純情きらり』は、戦前戦後の激動の時代を乗り越えた主人公、有森桜子の波乱万丈の人生を描いた一代記です。本記事では桜子の人生を様々な角度から見つめ、その魅力を余すところなくご紹介します。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

あらすじ

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宮﨑あおい(2006年撮影)(C)SANKEI
  • 作品名(放送局) 連続テレビ小説『純情きらり』(NHK総合)
  • 放送期間 2006年4月3日~2006年9月30日
  • 出演 宮﨑あおい(有森桜子 役)

昭和初期、愛知県岡崎市に生まれた有森桜子(宮﨑あおい)は、幼いころに母を亡くし父・源一郎(三浦友和)に男手一つで育てられました。桜子は源一郎が好きなジャズや亡き母が弾いてくれたピアノを想い、音楽への熱い情熱をもっていました。

16歳になった桜子は、音楽で生計を立てていくために音楽学校へ進学を夢見ていました。周囲の反対もありましたが、愛知・岡崎から音楽学校のへの進学のため上京します。幼なじみの松井達彦(福士誠治)と共に上京した桜子は、一度は受験に失敗してしまいます。しかし、偶然出会った音楽学校の先生に才能を認められ翌年の受験を決意します。

昼は喫茶店で働き、夜はレッスンを受ける桜子は、下宿先で様々な芸術人たちに出会い、成長していきます。翌年の受験では見事合格しますが、姉の笛子(寺島しのぶ)が夫・冬吾(西島秀俊)の関係で教師の職を追われてしまい、一家の生活を支えるために音楽学校への進学を諦めます。戦争が激しくなっていくなか、桜子は許される範囲で音楽活動を続けていました。そして、一緒に音楽への夢を持っていた達彦とも、幼なじみから恋人へ関係が変化しました。いよいよ達彦のもとへ召集令状が届きます。出征前に達彦は桜子に求婚し、婚約を交わしました。

出征中、桜子は、若女将として修行を続けながら達彦の帰りを待っていました。戦後、一時は安否不明となった達彦でしたが、心に深い傷を負いながらも帰還しました。二人は正式に結婚し、桜子も再びジャズを演奏できるようになり幸せな時間が訪れました。そして、二人の間に新しい命が宿りました。

しかし、妊娠中に桜子は結核と診断され周囲に子どもを諦めるように諭されますが、桜子の強い意志で出産に臨みます。そして、新しい命と出会い、別れに至るのです。

波乱万丈の人生を懸命に乗り越えようとする桜子の姿に感動

ジャズ・ピアニストを志した女性の半生を描いた連続テレビ小説『純情きらり』。本作品の一番の見どころは、主演の宮﨑あおいさんが演じる有森桜子が戦中、戦後を通して様々な苦難に立ち向かいながら音楽への情熱を貫く姿です。一途で純真でありながら、困難に立ち向かう信念を持った魅力的な桜子を表現していました。

幸福話のすべてが不幸話の伏線となるような物語でしたが、桜子はいつも明るく前向きでした。戦後にジャズを再び弾けたときに発せられた幸せオーラは、今までの不幸話が嘘のように力強い輝きを放っていました。

また、名脇役たちも宮﨑さんの演技や作品に深みを与えてくれました。

この作品で、宮﨑あおいさんは第44回ゴールデン・アロー賞放送賞ドラマ部門を受賞するなど高い評価を受けました。その後は、大河ドラマ『篤姫』の主演を歴代最年少で演じ、2026年1月からの大河ドラマ『豊臣兄弟!』の出演も決まっています。

SNSでは「今でも人生で1番好き」「このドラマに出会えて良かった」「NHKの神作」「私の人生を変えたドラマ」と、未だにドラマを愛するファンの投稿が続いています。

音楽と愛をテーマにした奥深い作品

連続テレビ小説『純情きらり』は津島佑子さんの『火の山ー山猿記』(講談社文庫)を原案とし、浅野妙子さんの脚本で作られた感動作品です。

音楽と愛をテーマに、時代に翻弄されながらも音楽への情熱を失わずに最後まで自分の人生の輝きを信じ続ける桜子の生涯の物語です。両親から受け継いだジャズと愛する息子へ音楽を通じたメッセージを残し、音楽を愛していた事がわかります。

戦時中ジャズが禁止され、戦後再びピアノを演奏できるようになった時の桜子の喜びは視聴者にもその感情の波が伝わる印象的な場面でした。また、幼なじみの達彦とも音楽を通じて心を通わせていく姿、なかでも戦後桜子の闘病中にラジオでの演奏を通じた表現は、二人が音楽を通じて愛情が深まったことがわかる場面でもあります。

最後に、病に臥せった桜子が「意味のない人生なんてない、輝きのない人生なんてない」と短い生涯でも充実した人生だったことを物語っています。桜子の生死については明確にされなかったことで、悲劇ではなく生命の尊さと人生の意味を考えさせられる奥深い作品になりました。


※記事は執筆時点の情報です