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27年前、「ゆるさ」で魅せた“気負わない強さ” 聴けば“心が軽くなる”ワケ

  • 2025.12.7

「27年前、あの頃の“自由”って、どんな手触りだったっけ?」

冬の冷たい風が街の角を曲がるたび、どこか遠くへ行きたくなる衝動が突然胸に湧き上がった。1998年の日本には、まだ“自由”という言葉にリアリティがあった。誰もが少しずつ何かを模索して、立ち止まったり歩き出したりしていた時代。そんな空気の中で、いつでもどこへでも連れて行ってくれる曲がひっそりと放たれた。

奥田民生『さすらい』(作詞:奥田民生・作曲:奥田民生)――1998年2月5日発売

長瀬智也主演のフジテレビ系ドラマ『Days』の主題歌としてオンエアされていたこともあり、発売当時から耳に残る人も多かったはずだ。だが実際には、リリース直後よりも、その後ゆっくりと世の中に浸透し、“気づけば誰もが知っている曲”へと育っていった。

風景のように存在する、奥田民生というアーティスト

『さすらい』は、奥田民生の8枚目のシングル。ユニコーン解散後、ソロアーティストとして独自の歩みを深めていた時期の作品で、彼が持つ“構えない強さ”がもっとも自然な形で表れた一曲だ。

自ら編曲まで完結するスタイルはもちろん、ロックでありながら肩肘を張らないアンサンブル。どこを切り取っても“奥田民生らしさ”が濃く滲む。そして、年代を問わず聴き手がすっと受け入れてしまう不思議な普遍性が、当時から群を抜いていた。

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奥田民生-2000年撮影(C)SANKEI

心が勝手に軽くなる“余白のロック”

『さすらい』の魅力の核心は、その“ゆるさ”の中にある確かな強度だ。淡々と刻まれるリズム、乾いたギター、飾りの少ないメロディ。どれも主張しすぎないのに、聴いているうちに肩に入った力がすっと抜けていく

奥田民生の声はいつもより少し掠れて、少し丸くて、“どうにかなるだろう”とそっと背中を押すような温度を持っている。不必要なドラマ性を排した歌い方だからこそ、聴き手の生活の隙間に自然と入り込んでくる。

特に印象的なのは、曲全体に流れる“旅”の空気感だ。解釈ではなく音の手触りとして、どこまでも続く道が見えてくる。景色が勝手に浮かんでしまうような、余白を伴ったアレンジが秀逸だった。

時代も世代も超えていく“さすらい”の温度

当時、ドラマ『Days』は若者の等身大の心情を描いた作品で、その空気に『さすらい』は驚くほど自然にフィットしていた。都会の孤独、気だるさ、そしてどこか切実な自由への渇き。そのすべてを、曲が静かに受け止めていたからだ。

一方で、セールスは約30万枚と、当時の奥田民生という名前の大きさを考えると決して派手ではない。けれども、その後の広がり方が圧倒的だった。2000年代に入ると、ライブや音楽番組、さらには旅番組などでたびたび使われ、気づけば“奥田民生を語る上で欠かせない曲”として定位置を得ていく。

『イージュー★ライダー』がバイクや車での移動なら、『さすらい』は電車旅だろうか。そんな“旅情の似合う曲”として、長く愛され続けてきた。

1998年という時代を振り返ると、人々は少しだけ立ち止まりながら生きていた。急ぎすぎず、でも停滞しすぎない。そんな微妙な温度感の中で、『さすらい』は“気負わなくていい”というメッセージを音で伝えていた。

今聴いても、決して古びることがない。むしろ今の時代だからこそ、より沁みる。“がんばる”でも“諦める”でもない、その中間の自由をそっと肯定してくれる。だからこの曲は、ただの旅ソングではなく、“生き方の余白”を許してくれる一曲なのだろう。

気づけばまた聴きたくなる。いつの間にか口ずさんでいる。そんな自然体の存在感が、今もゆるやかに続いている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。