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35年前、“しゃべるギター”で放った“実験的ミライ音” バブル終焉に20万ヒットしたワケ

  • 2025.12.7

「35年前の冬、深夜の繁華街ってどんな音がしてたっけ?」

1990年。街はまだバブルの残り香に包まれていたが、その奥には、なにかざわつく“変化の予兆”が潜んでいた。年末が近づくにつれ、イルミネーションが灯る街路をすり抜けるように、クラブから漏れ出す電子音が、静かな夜を微かに震わせていた。そんな冬の空気に、不意に差し込んだ一条の赤い閃光のような一曲がある。

TMN『RHYTHM RED BEAT BLACK』(作詞:坂元裕二・作曲:小室哲哉)――1990年12月21日発売

そのサウンドは、TMNが持つ未来的サウンドとロック的熱量が入り混じり、時代の境界線をするりと越えていった。

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1990年、「TMN」リニューアル宣言会見に出席したTMN(C)SANKEI

深紅のビートが告げた、時代の呼吸

『RHYTHM RED BEAT BLACK』は、同年に発売されたアルバム『RHYTHM RED』からのリカットシングル。アルバム全体がハードロックを軸にしていたのに対し、この曲はグラウンド・ビートを基調とした“別種の躍動”を刻んでいる。

冬の冷たい空気に跳ねるような太いビート。そこに重なるシンセとギター。そのコントラストが、当時の音楽シーンでは突出していた。

さらに耳を奪うのが、ギターの音をホースに集め、人間の口を介して変化させる飛び道具「トーキング・モジュレーター」の存在だ。まるで機械が呼吸しているかのように、言葉にならない未来的な音が空間をくゆらせる。

その“しゃべるギター”は、TMNのサウンドに新たな陰影をもたらし、聴く者の脳裏に強く残った。ライブでもサポートギタリストの葛城哲哉が演奏する姿は非常に印象的である。

街頭のスピーカーから、この奇妙で刺激的な音が流れた瞬間、「なんだこれは?」と足を止めたリスナーも多かったはずだ。ハウス食品『O’ZACK』のCMで流れた際は、その近未来的な音像が商品イメージと響き合い、一気に曲の印象が焼き付いた。

小室哲哉の“実験室”と、坂元裕二の言葉が交差した瞬間

多忙を極めた時代の中で、小室が並行して進めていた数多のプロジェクトの中でも、この楽曲は実験的な位置づけにあった。ハードロック路線のアルバムの中で、あえて“異物”としてグラウンド・ビートを放り込む。その挑戦がTMNという存在の幅を広げた。

そして特筆すべきは、作詞を担当したのが坂元裕二であることだ。

当時まだ弱冠20代。翌1991年にはフジテレビ系ドラマ『東京ラブストーリー』の脚本家として脚光を浴び、その後もヒットを飛ばし続けて、ドラマ・映画に欠かせない存在になる。その“物語の温度”を持つ言葉が、この鋭く冷たいビートの上で静かに点滅することで、楽曲はより不可思議な存在感を帯びている。

鋭いのに、どこか孤独。派手なのに、妙に静か。そんな二律背反の感覚こそが、この曲の魅力の核だ。

TMNが鳴らした“境界線の音”

1990年のTMNは、音楽的にもビジュアル的にも、時代の中で大きな実験を続けていた。デジタルとロック、クラブカルチャーとポップス。そのどれにも寄りかからず、どれにも属さず、絶妙な位置でバランスを取っていた時期でもある。

この曲が20万枚以上売れた背景には、単なるタイアップ効果だけではなく、“新しい何か”を探していたリスナーたちの感覚が確かにあった。バブルの終焉と、次の時代への不安と期待。その交差点に、この赤いリズムと黒いビートは不気味に、しかし美しく光を放っていた。

冬の街に残る、ざらついた余韻

『RHYTHM RED BEAT BLACK』を聴き返すと、あの頃の空気が妙にリアルに蘇る。乾いた風。イルミネーションのきらめき。深夜の街にぽつんと浮かぶネオン。時代の熱と冷たさが同居していた、あの特別な冬。

そしてふと気づく。あの頃の日本は、きっと“音”に未来を探していたのだ。

TMNのこの一曲は、そんな時代の息づかいを、鮮烈なビートと共に封じ込めている。今聴いても古びないのは、“未来に向かっていた音”だったからだろう。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。