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27年前、国境を越えた“透明ボイス”の正体 新人シンガーが注目を集めたワケ

  • 2025.12.4

「27年前の冬、どんな景色を思い出す?」

ガラス越しのネオンがゆらめき、湿った風が頬に触れてくる。いまほど情報が洪水のように押し寄せてこなかった1998年の街は、どこか“すき間”があった。そこにふっと入り込んでくる異国の歌声が、静かに気持ちをさらっていった記憶がある。そんな時代の空気と溶け合うように届けられたのが、台湾出身の歌手・Ringの曲だった。

Ring『PRIVATE PARADISE』(作詞:前田たかひろ・作曲:小室哲哉)――1998年11月11日発売

中国・日本・フランス合作映画『始皇帝暗殺』の主題歌としてリリースされたこの曲は、華やかなタイアップの存在以上に、“歌声そのものの存在感”で、多くの音楽ファンの耳をひきつけた。

まるで風景画のように現れた、新人シンガーの登場

Ringは台湾出身。1997年に放送されていた小室哲哉が監修をつとめていたテレビ番組『小室魔力』にオーディション参加し、グランプリを獲得したことでデビュー。アジアのポップカルチャーが日本へと広がりはじめていた時期に、“物語性のある新人”として注目を集めた存在だった。

そんなRingの3枚目のシングルとして制作された『PRIVATE PARADISE』は、作詞に前田たかひろ、作曲に小室哲哉という強力なタッグ。小室サウンドが時代の中心にあり続けた90年代後半において、“国境を越える歌声”を持つアーティストとのコラボは、自然な必然でもあった。

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Ring-1998年撮影(C)SANKEI

小室哲哉が描く“静かな広がり”と、透明なボーカルの相性

『PRIVATE PARADISE』の最大の魅力は、サウンドの輪郭がとても柔らかいことだ。90年代末のエレクトロニックなアプローチは保ちつつも、攻めるのではなく、ゆっくりと染み込むようなトーンで構築されている。

特にRingのボーカルは、言葉のエッジよりも“響きの余白”を大切にした歌い方が印象的だ。やわらかな息遣いが曲全体を曖昧な光で包み込み、聴きながらふと気持ちの輪郭がほどけていくような感覚を生む。

前田たかひろによる詞も、情景を断片的に切り取ることで、聴き手がそれぞれの風景を思い浮かべられる構成になっており、この“見えない空間の広がり”が楽曲の世界観をさらに深めている。

国境をまたいで響いた、映画主題歌としての存在感

『PRIVATE PARADISE』は、中国・日本・フランスによる合作映画『始皇帝暗殺』の主題歌として制作された。スケールの大きな歴史映画である一方、作品には静けさや孤独、運命の気配といった“余韻の深さ”がある。

その映画の空気に、Ringの透明感のある声と、小室哲哉らしいメロディが自然に寄り添った。大きな主題を掲げながら、決して強烈に押しつけず、静かに心へ届く歌。そこに、この楽曲の希少性があった。

“90年代の終わり”をそっと映し出す一曲

1998年は、J-POPが最も厚みを持っていた時代だった。ミリオンヒットが続出し、サウンドも派手さを極めていった頃。しかしその裏側では、静かに“癒し”や“透明感”を求める気分も芽生えはじめていた。

『PRIVATE PARADISE』は、まさにその空気をそっと映し出すような曲だった。聴いているうちに気持ちが穏やかに整っていくような、時代の流れに寄り添う音楽だった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。