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35年前、皮肉めいたユーモアが効いた“異色のポップ” リスナーの予想を裏切る“遊び心ソング”

  • 2025.11.9

「35年前、ウクレレの音ではじまる曲覚えている?」

1990年の秋。まだ街にはバブルの余韻が残っていて、スーツ姿の人々が夜遅くまで笑っていた。音楽もまた派手で華やか、ダンサブルなサウンドが溢れていた頃だ。だがその中で、ひときわ風変わりな心地よさを放つ一曲があった。

ユニコーン『命果てるまで』(作詞・作曲:奥田民生)――1990年10月21日発売

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奥田民生-1996年撮影(C)SANKEI

南の風が運んだ、少しとぼけた自由の香り

ウクレレの軽やかな響きが、ゆるやかに流れるイントロ。

どこか南国の海辺に立っているような、のんびりとした空気感。だが聴いているうちに、それが単なる“ハワイアン風”ではないことに気づく。肩の力を抜きながらも、緻密に構築されたポップセンス。それこそが、この曲の核だった。

ユニコーンは当時、すでに“ただのロックバンド”ではなかった。バンドという枠の中で遊び、脱線し、ジャンルの境界を面白がる存在。そんな彼らの4枚目のアルバム『ケダモノの嵐』からリカットされたこの曲もまた、自由の象徴のように響いていた。

“奥田民生のユーモア”が形になった瞬間

『命果てるまで』は、奥田民生の作詞・作曲によるナンバー。ロックでありながら、どこか肩透かしのようなタイトル。重々しさを想像して再生ボタンを押すと、軽快なリズムとウクレレが迎えてくれる。

“深刻さを笑いに変えるセンス”――それが当時のユニコーンの魅力だった。

当時の奥田は、すでにソングライターとしての確かな才能を見せ始めていた。キャッチーなメロディに、少し皮肉めいたユーモアを散りばめ、聴く者の予想を気持ちよく裏切る。この曲も、そんな“奥田民生らしさ”が最も自然に現れた作品のひとつだ。

ハワイアン×ポップの幸福な融合

ハワイアンテイストの音作りは、1990年当時のJ-POPの中ではかなり異色だった。アコースティックなウクレレをメインに据えたことは実に大胆だ。にもかかわらず、曲全体は決して“ふざけて”いない。

編曲の細部には、リズムとハーモニーを繊細に絡ませる職人技が光る。“軽やか”と“真剣”のバランスが、ユニコーンらしい品の良さを生んでいた。

アルバム『ケダモノの嵐』には、『働く男』や『スターな男』といった多彩な曲が並ぶが、『命果てるまで』はその中でも異国の風を感じさせる異色作。にもかかわらず、聴いた後に不思議な余韻を残す。陽気なのに、なぜか少し切ない。まるで海辺の夕暮れのような温度感があった。

バンドの“遊び”が時代を変えていった

1990年という年は、バンドブームの真っ只中。ハードなサウンドが人気を集めていた中で、ユニコーンはまるで別の方向に舵を切っていた。

「かっこいいだけじゃつまらない」

そう言わんばかりに、ロックを軽妙に転がすスタンス。『命果てるまで』のウクレレも、その精神の延長線上にあった。

そしてその姿勢は、後の奥田民生ソロ作品やPUFFYのプロデュースにも受け継がれていく。1990年のこの小さな曲には、のちの日本ポップスを変えていく“軽やかな革命”の芽が、確かに息づいていた

あの風を、もう一度

この曲は“命果てるまで”というタイトルでありながら、どこか人生を楽しむための小さな処方箋のようでもある。深刻なことを軽やかに歌う。それができる人たちが、あの時代にはいた。

今、あの優しいリズムを聴くと、「なんとかなるさ」と肩の力を抜いてくれる音楽が、いかに貴重だったかを思い出す。ユニコーンが見せた“余裕のある笑い”と“音楽の自由”。それは、令和の今でも変わらず新鮮に響く。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。