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30年前、新・伝説バンドの“無骨でクールな”再出発ソング 時代に逆行した“マイクと生バンドだけの裸ロック”

  • 2025.11.6
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※Google Geminiにて作成(イメージ)

「30年前の秋、街のスピーカーからロックンロールが戻ってきたのを覚えてる?」

バブルが弾け、渋谷の街からもどこか疲れが漂っていた1995年。だがその年、突如として現れた新しいバンドが、音楽シーンに再び“衝動”を取り戻した。

↑THE HIGH-LOWS↓『ミサイルマン』(作詞・作曲:甲本ヒロト)――1995年10月25日発売

THE BLUE HEARTSの解散からわずか数カ月。甲本ヒロトと真島昌利は、再びステージに立ち、まるで爆音のように新しい時代を告げたのだった。

焦げつくような“再出発”の音

『ミサイルマン』のイントロが鳴った瞬間、誰もが感じたのは“帰ってきた”という感覚だった。それはTHE BLUE HEARTSの続編ではなく、もっと荒々しく、もっと自由な音。ロックが本来持っていた“初期衝動”そのものを、彼らはもう一度鳴らしてみせた。

ヒロトの歌声は叫びに近く、マーシーのギターは一切の装飾を拒む。リズムセクションが刻むシンプルなビートに、少年のような無邪気さと大人の渇きが同居する――そんな奇跡的なバランスが、この曲にはあった。

「ミサイル」という言葉が象徴するのは、破壊ではなく“突き抜けるエネルギー”。止まっていた時代の空気を突き破るように、この曲は走り出した。

“THE BLUE HEARTS”からのバトン

↑THE HIGH-LOWS↓は、甲本ヒロトと真島昌利が中心となり結成された新バンド。THE BLUE HEARTS時代に共に数々の名曲を生み出してきた2人が、あえて新しい名義を選んだのは、「終わったものの上に立たない」ためだったのだろう。

当時の音楽シーンでは、テクノロジーに頼るポップスが主流になっていた。そんな中で彼らが選んだのは、マイクと生バンドだけの“原始的な表現”。それはまるで、電気のスイッチを入れ直すように、ロックの電流を再び流し込む行為でもあった。

『ミサイルマン』は、そんな決意の狼煙ともいえる1曲。聴いた人々は、「やっぱりロックはこれだ」と胸の奥で拳を握った。

素手のままで突っ走る

この曲の魅力は、洗練でも技巧でもない。“かっこよさ”を作らずに“かっこよくなってしまう”、その無骨さにこそある。

ヒロトが放つ言葉はどれも短く、単純だ。しかし、その一言一言が火花のように飛び散り、聴く者の心を焦がす。それこそが、1990年代半ばという“混沌の時代”に必要な音だった。

録音もライブ感を大切にしており、どこか“生々しい空気”がそのままパッケージされている。まるでスタジオの中で彼らが笑いながら爆音を鳴らしているような、そんな温度が伝わってくるのだ。

“続き”ではなく、“始まり”として

『ミサイルマン』のリリースは、THE BLUE HEARTS解散からわずか数ヶ月。多くのファンが「次のTHE BLUE HEARTS」を期待していた。だがヒロトとマーシーが放ったのは、“過去の延長”ではなく“まっさらな現在”だった。

あの頃の彼らは、“新しいロックバンド”としてゼロから立ち上がろうとしていた。この潔さが、↑THE HIGH-LOWS↓というバンドのすべてを象徴している。

このデビュー曲を皮切りに、彼らは『日曜日よりの使者』『十四才』など、後に語り継がれる数々の楽曲を世に送り出していく。『ミサイルマン』は、その“第一歩の衝撃”として、今もファンの記憶に深く刻まれている。

ロックンロールは、まだ生きている

1995年の秋。音楽の主流がどんなに変わろうと、街の片隅にはギターを持つ若者がいた。そして彼らの心を突き動かしたのが、この『ミサイルマン』だった。

“難しいことなんていらない、鳴らしたい音を鳴らせばいい”――その精神が、この曲には確かに宿っている。時代が進み、音楽の形が変わっても、ロックの魂は消えない。↑THE HIGH-LOWS↓が、それを30年前に証明してみせたのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。