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35年前、“もう一つの名”で作詞を手がけた“静かに熱い”流れるメロディ 25万枚を売り上げた“進化の一曲”

  • 2025.11.6

「あの春、あなたはどんな音を聴いていた?」

平成が始まって2年目の1990年。まだバブルの余韻が残る街には、ネオンと香水の匂いが混ざっていた。高層ビルの窓に反射する夕陽、街角のカフェから流れるラジオ。そこにふと、切なくも大人びたメロディが流れた。

工藤静香『千流の雫』(作詞:愛絵理・作曲:後藤次利)――1990年5月9日発売

それは、彼女にとって10枚目のシングルであり、“自らのペンネーム・愛絵理”で作詞を手がけた一曲だった。

言葉を持った歌姫

1980年代後半、工藤静香はまさにトップアイドルとして君臨していた。『嵐の素顔』や『黄砂に吹かれて』といったヒットを連発し、その存在感はテレビでもラジオでも圧倒的だった。だが、『千流の雫』で彼女は、単なるアイドルではなく“表現者”へと一歩踏み出した。

作詞名義の“愛絵理”は、彼女自身の作詞家としての名前。作曲家・後藤次利とのタッグは、彼女のデビュー以来の安定したコンビネーションだ。この曲でも、後藤の手によるメロディが流れるように美しく、静香の詞がその上で繊細に息づく。「他人の言葉ではなく、自分の言葉で歌う」――その決意が、歌声の奥から確かに聴こえてくる。

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自身がデザイナーを務めるジュエリーブランド「トレジャーフォー」2005年新作発コレクション表会に出席した工藤静香(C)SANKEI

大人の女性への“静かな変化”

『千流の雫』は、激しさよりも抑制を選んだ作品だ。淡いギターの響きと、静香の伸びやかな歌声。感情をぶつけるのではなく、すっと沈み込むように響くその歌唱が、彼女の“成熟”を感じさせる。

メロディは後藤次利らしい流麗な構成で、サビにかけてわずかに熱を帯びる。とはいえ決して爆発はしない。抑えた音の中でこそ、感情の揺らぎがより鮮明に伝わってくる。まるで、涙がこぼれる一瞬前の静けさのように。

“愛絵理”というペンが生んだ繊細な世界

彼女は“愛絵理”名義で多くの作品を手がけている。シングルでも『Blue Rose』『Ice Rain』など、後の代表曲にもその筆致は息づいている。

『千流の雫』は発売と同時にランキング初登場1位を記録し、25万枚を超えるセールスを達成した。

『千流の雫』は、工藤静香の心の奥にあった感情を、ひとつの音楽として結晶化させた作品だった。あの頃、街を歩きながらふと耳にした人はきっと覚えているだろう。雨上がりの空のようなあの声が、どこまでも透明で、どこまでも優しかったことを。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。