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30年前、歌姫が名を変えて放った“異色の時代逆行ソング” 世界的ギタリストと生み出した“実験的コラボ”

  • 2025.11.4

「30年前の秋、あの都会のネオンは少し冷たく感じなかった?」

1995年。日本の街は“次の時代”へと静かに歩き出していた。音楽もまた、デジタルサウンドが主流になりつつある中で、ひとりの女性が“あえて逆風”に挑んだ。その名はAKINA――中森明菜が新たな名義で放った、異色のロカビリー・シングルだった。

AKINA『Tokyo Rose』(作詞:中森明菜、上澤津孝・作曲:Masaki)――1995年11月1日発売

異国の香りがした“もうひとりの明菜”

この曲で彼女は、初めて「AKINA」として名乗った。“中森明菜”という確立されたブランドをいったん外し、アーティストとしての純粋な衝動に立ち返るための選択だったのかもしれない。

プロデュースと編曲を手がけたのは、アメリカの伝説的ロカビリーバンド「ストレイ・キャッツ」のブライアン・セッツァー。日本の女性歌手が彼を起用すること自体、当時としては異例中の異例だった。

イントロから鳴り響くスラップベース、跳ねるようなドラム、艶やかに響くギター。そこに乗るAKINAの歌声は、かつての妖艶な明菜とは異なり、まるで異国のバーで気まぐれに歌う女性シンガーのように自由だった。英語混じりのフレーズも自然で、彼女自身の“アーティストとしての好奇心”がそのまま音に溶け込んでいる。

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中森明菜-1995年6月撮影(C)SANKEI

ブライアン・セッツァーと築いた、唯一無二のサウンド

ブライアン・セッツァーといえば、ネオロカビリーの旗手として知られる存在。80年代初頭、世界的なムーブメントを巻き起こした男だ。彼が手がけた『Tokyo Rose』は、まさにそのスピリットをそのまま東京に持ち込んだような一曲だった。

軽快でいながら、どこかノスタルジック。ギターリフにはアメリカ南部の土の匂いがあり、サウンド全体はまさにゴリゴリのロカビリーサウンド。異文化のミックスを違和感なく歌いこなせるのは、中森明菜という稀有な存在感があったからこそだった。彼女の低音域の深みと、鋭く突き抜ける高音のコントラストが、ブライアンの生音アレンジに完璧にフィットしていたのだ。

“Tokyo Rose”という名に込められた意味

“Tokyo Rose”とは、かつて日本軍が第二次世界大戦中に連合軍に向けて放送を行った女性アナウンサーの通称でもある。その名前をあえてタイトルに選んだのは偶然ではないだろう。日本女性でありながら、世界に発信する“声”。それはまさに、1995年当時の中森明菜自身の姿と重なる。

作詞は中森自身と、日本のロカビリーバンド「MAGIC」のボーカル・上澤津孝の共作。言葉の一つ一つに、都会の光と影が交差する“ハードボイルドな情景”が宿っている。

時代に逆らうようにして生まれた“自由”

『Tokyo Rose』はランキング上では派手な結果を残さなかったかもしれない。けれども、その音には当時の明菜の「息づかい」が確かに刻まれている。

スタジオのマイクに向かって立つ彼女の姿を想像すると、肩の力が抜けていて、それでいて目の奥に小さな炎が灯っているような、そんな情景が浮かぶ。誰かに合わせるでもなく、売れることを意識するでもなく、自分が鳴らしたい音を鳴らす――その潔さが、いま聴いても眩しい。

30年前の秋、東京の夜風は少し冷たくて、それでも確かに熱かった。『Tokyo Rose』は、その風の中で生まれた“孤高のロカビリー”だ。華やかな90年代の喧騒にあって、ひとり異国の空気をまといながら歌ったAKINA。

それは、時代に縛られない表現者の証であり、“中森明菜”という名を超えたアーティストのもうひとつの顔だった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。