1. トップ
  2. 乗客「座席を勝手に倒された」リクライニングをめぐる“乗客トラブル”…→弁護士「許可を取る義務はない」法的な権利関係とは?

乗客「座席を勝手に倒された」リクライニングをめぐる“乗客トラブル”…→弁護士「許可を取る義務はない」法的な権利関係とは?

  • 2025.10.22
undefined
出典元:photoAC(※画像はイメージです)

長距離移動を快適にする新幹線のリクライニング機能。しかし、これをめぐる乗客同士のトラブルは後を絶ちません。「無断で倒された」「PCが壊れそうになった」といった不満から、時には口論に発展することも。

そもそも、座席をリクライニングさせる権利は誰にあるのでしょうか。後ろの乗客は、前の座席が倒れてくるのを我慢するしかないのでしょうか。

今回は、新幹線のリクライニング問題について、法的な権利関係と、トラブルを避けるための現実的な作法をじょうばん法律事務所 鬼沢健士 弁護士に聞きました。

リクライニングする行為自体に法的責任はほぼ生じない

まず法的な大前提として、前の座席の乗客がリクライニング機能を使う行為自体で、刑事上・民事上の責任を問うことは極めて難しいと言えます。

リクライニング機能は、座席に備え付けられた正当な設備です。前の座席の人がリクライニングさせる際に、後ろの乗客に許可を取る法的な義務はありません。そのため、単に『無断で倒された』というだけでは、何らかの責任を追及することは困難です。

たとえリクライニングによって座席が体に当たり、軽い打撲などを負ったとしても、過失傷害罪の成立は考えにくいのが実情です。

新幹線のリクライニングはゆっくりと倒れる構造であり、深く倒れすぎることもありません。通常の使い方で相手に怪我をさせることまでは予測できないため、『過失があった』と認定される可能性は低いでしょう。

民事上の損害賠償責任についても同様で、「過失なし」と判断されるケースがほとんどだと考えられます。

もし被害発生…損害賠償請求は現実的か?

では、「急に倒され、置いていたパソコンが破損した」「飲み物がこぼれて服が汚れた」など、具体的な損害が発生した場合はどうでしょうか。

この場合、損害賠償請求をすること自体は可能ですが、そこにはいくつかの高いハードルが存在します。

1. 立証の難しさ
損害賠償を請求するには、「相手のリクライニング行為」と「自分の損害」との間の因果関係を客観的な証拠で示す必要があります。リクライニングされる前後の状況を比較できる写真や、状況を再現した動画などがあると有力な証拠になり得ます。しかし、移動中の車内でとっさにこれらを用意するのは至難の業です。

2. 認められる賠償額が少額
仮に相手の責任が認められたとしても、賠償額は限定的になる可能性が高いです。

  • 物損:壊れた物の時価(中古品としての価格)が原則となり、購入時の価格より低額になる傾向があります。
  • 慰謝料:怪我をした場合に請求できますが、リクライニングが原因で大きな怪我をすることは考えにくく、認められても少額にとどまるでしょう。

3. 被害者側の過失(過失相殺)
さらに、「被害者側にも不注意があった」と判断され、賠償額が減額される「過失相殺」の適用も考えられます。

「倒れやすい場所に飲み物を置いていた」「前の座席に密着するような無理な姿勢で足を組んでいた」といった状況は、被害者側の過失とみなされる可能性があります。

リクライニングを直接の原因として法的に争うことは、現実的に難しいことがうかがえます。

口論がエスカレート…暴行された場合の対処法

リクライニングをめぐる口論がヒートアップし、相手が暴力をふるってきた場合は、話が全く別です。

これは明確な犯罪行為であり、ためらわずに警察を呼ぶべきです。

通報するなら、事が起きたその場で即時に行うのがベストです。時間が経つと状況がわからなくなってしまいます。

通報を受けた警察は、現場で双方から事情を聞き、加害者の逮捕の要否を判断します。もし相手が興奮しているようなら、まずは自身の安全確保を最優先し、近くの車掌や駅員に助けを求め、協力を取り付けることが重要です。

鉄道会社の責任は問える?

乗客間のトラブルに対し、JRなどの鉄道会社の責任はどこまで問えるのでしょうか。

「リクライニングの機能自体が破損しており、それを放置した結果事故につながった、というようなケースでない限り、鉄道会社の責任を問うのは難しいでしょう」と鬼沢弁護士は言います。

鉄道会社は、輸送の安全を確保する義務(安全配慮義務)を負っていますが、乗客間の個人的なトラブルに即時介入するまでの義務があるとまでは言えません。たとえ車掌や駅員の対応に不満があったとしても、その対応と損害の発生・拡大との間に法的な因果関係を証明することは困難なため、鉄道会社への損害賠償請求が認められることはほぼないと考えられます。

トラブルを避けるための自衛策

法的な解決が難しい以上、私たち乗客はトラブルを未然に防ぐための自衛策を講じることが最も賢明です。

  • 荷物や身体の位置に注意すす
    前の座席が倒れてくることを想定し、パソコンや飲み物は不安定な場所に置かないようにしましょう。足なども、圧迫されないような位置に置くことを心がけるべきです。これは万が一の際に「過失相殺」で不利にならないためにも重要です。
  • 「一声かける」のはマナーとして
    法的な義務はないものの、トラブル回避の観点からは、「少し倒しますね」と短く声をかけるのが丁寧な対応と言えるでしょう。一方で、「いちいち返事をするのが面倒」という意見もあり、絶対的な正解はありません。
  • トラブルになったら冷静に記録
    もし言い争いになってしまったら、感情的にならず、起きた事実だけを淡々と伝えましょう。その際、会話を録音しておくことも有効ですが、相手を刺激しないよう、スマートフォンをあからさまに向けるなどの行為は避ける配慮も必要です。

法律論より「思いやり」。快適な移動空間は皆でつくるもの

法的な観点から見れば、新幹線のリクライニングは「座席を購入した乗客の権利」であり、後ろの乗客の許可なく使用することに問題はありません。万が一、それによって損害が生じても、相手の法的責任を追及することは現実的に非常に困難です。

だからこそ、法律や権利を声高に主張するのではなく、お互いが気持ちよく過ごすための「思いやり」や「マナー」が何よりも重要になります。

リクライニングを倒す側は、後ろの人が食事やPC作業をしていないか少し気を配り、可能であれば一声かける。倒される側も、前の座席は倒れてくるものだと想定して、自分のスペースを管理する。

快適な移動空間は、ルールだけで作られるものではありません。その場に居合わせた乗客一人ひとりの少しの配慮によって成り立っていることを、忘れないようにしたいものです。


監修者名:鬼沢健士 弁護士

undefined

 

茨城県取手市でじょうばん法律事務所所属。
できる限り着手金無料で、労働問題(不当解雇、未払残業代等)や詐欺被害救済に積極的に取り組んでいる。