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三菱自動車を定年退職後、50代で万博通訳に。半年間、29カ国を支えた男性が語る“想定外の舞台裏”。

  • 2025.10.21
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(C)SANKEI

2025年10月13日、大阪・関西万博が半年間の会期を終えて閉幕しました。
その舞台裏では、世界中から集まった人々と来場者をつなぐ「通訳者」たちが、文化と想いの架け橋として活躍していました。

今回は、コモンズ館のアシスタントディレクターとして現場に立ち続けた全国通訳案内士・Atsushiさんに、メディアでは伝えきれない“万博のリアル”を伺いました。

「文化をつなぐ仕事」29カ国を支えた半年間

Atsushiさんが担当したのは、ケニアやパラオ、キルギスなど、アフリカから中南米・中央アジアまで29カ国が出展するコモンズ館。
通訳だけでなく、各国スタッフの展示運営や来場者対応、安全管理など、あらゆる現場業務を担ってきました。

--半年にわたる万博が閉幕を迎えましたが、これまでの日々を振り返って、通訳者として「これは万博ならではの仕事だ」と感じた、印象深いエピソードは何でしたか?

Atsushiさん:「万博ならでは」の経験として、「単なる言葉の翻訳ではなく、“真意を汲み取って伝えること”の重要性」を学びました。

たとえば、コーヒーや紅茶、ラム酒などを試飲提供するブースでも、国によって目的はさまざま。「伝統を伝えたい国」もあれば、「観光PR」や「販売促進」が目的の国もあります。そうした各国の文化的背景や出展のねらいを深く理解することが大切だと感じました。

--英語が通じにくい国とはどのようにコミュニケーションをとったのでしょうか?

Atsushiさん:英語が通じにくい国とは意思疎通に苦労も多かったですが、何度も話し合い、スタッフの「想い」を展示や声掛けに反映できた瞬間に、通訳者としての強いやりがいを感じました。

また、日本ではまだ知られていないスリナムやマラウイといった国々の魅力を、来場者に伝えられたことも大きな喜びでした。

私が担当したコモンズ館には半年間で500万人以上が訪れましたが、「初めて知った国だけど、とても印象に残った」というお客様の声を聞いた時に、本当にやりがいを感じました。万博はまさに世界が一堂に会する場所。通訳としての使命と誇りを強く実感した半年間でした。

マニュアルでは学べない、“想定外”の連続

 

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出典:photoAC(※画像はイメージです)

--世界中の人々が集まる万博では、言語だけでなく、文化や習慣の違いから生まれる予期せぬトラブルや、想定外の出来事も多かったのではないでしょうか。現場ならではのエピソードを教えてください。

Atsushiさん:万博で最も印象に残ったのは、「日本と時間の感覚の違い」です。コモンズ館では、開館と閉館時、各国スタッフがブースの電源を管理する決まりでした。しかし、ほとんどのスタッフが朝はなかなか姿を見せず、夜は閉館前に帰ってしまいます。結局、いつの間にかその業務はアシスタントディレクターたちが担当するようになっていました。

来場者を案内する日本人アテンドスタッフも同様です。当初は各国ブースへの「案内役」として業務をおこなっていましたが、ブースのスタッフが遅刻や早退をしてしまうことも。その結果、アテンドスタッフが誰よりも展示内容に詳しくなり、最終的には“名ガイド”として活躍していたのは、微笑ましい光景でした。

さらにブースのスタッフは、こういったトラブルがあっても、いつも明るく「It’s okay!」と笑うのです日本とは違う、そのポジティブさとおおらかさに、文化の違いを超えた魅力を感じました。

--時間に正確といわれる日本人にとっては、大きな文化の違いを感じるきっかけになったかもしれませんね。通訳士として働いている中で、言葉に関するトラブルやエピソードはありましたか?

Atsushiさん:言語面での“想定外”も日常茶飯事でした。 ある日、展示品の搬出通訳をしていた時のことです。数量確認の際、相手が「Three hundred ケージ」と言いました。私は当然「300個のカゴ(cage)」だと思い込み、「何を入れるカゴですか?」と尋ねましたが、まったく話が噛み合いません。

最終的にわかったのは、「cage(カゴ)」ではなく、「kg(キログラム)」をアルファベットでそのまま「ケージー」と読んでいたことでした。 その瞬間、真相に気づいた周囲のスタッフ全員で大爆笑。発音と単位の文化差が生んだハプニングでした。

これらは、マニュアルでは絶対に学べない、生きた国際交流そのものでした。予定通りに進まないことを笑いに変えながら乗り越えていく…それが万博の現場で学んだ、最も大きな『異文化理解』だったと思います。

万博が残した「最大の遺産」と、通訳者としてのこれから

--閉幕を迎えた今、1人の通訳者として、そして万博のスタッフとして、今回の万博が来場者や日本に残した「最大の遺産」は何だと感じますか?

Atsushiさん:万博での最大の遺産は、「世界にはこれほど多くの個性豊かな国や文化、そして独自の技術が存在するという事実を、多くの来場者、特に次世代を担う若い世代が“生”で体験できたことです。

コモンズ館で各国スタッフと共に働く中で、世界の多様性と人間の底力を実感しました。一方で、貧困や紛争など、多くの国が抱える厳しい現実も目の当たりにしました。しかし、最も感動したのは、そうした国々のスタッフの姿です。いつも明るく笑顔で、「自分たちの国を少しでも多くの人に知ってもらおう」と懸命に働いていたのです。 その姿勢に「生きる力」や「誇り」を感じ、言葉を超えた感動を覚えました

--今回の経験を活かし、今後どのような通訳者として活動していきたいと思いますか?

Atsushiさん:この半年間の経験と出会いを大切にし、「通訳」という仕事を通して日本と世界をつなぐ架け橋であり続けたいと思います。特に、車やモータースポーツ、お酒といった自分の大好きな分野をテーマに、ゲストと共に笑顔で楽しみながら、日本の魅力を伝えていきたい。そして、年齢に関係なく、情熱と誇りを持ち続け、一生現役で生きることが、私のこれからの夢です。

--貴重なお話をありがとうございました!

人と人をつなぐ世界を

“世界が一堂に会する場所”を舞台に、言葉を超えて心を通わせたAtsushiさん。その現場での学びは、通訳という枠を超え、人と人をつなぐ普遍的な力を教えてくれます。

水面下で支え続けた通訳者たちの情熱や想いは、これからもさまざまな交流で役立っていくことでしょう。


監修者:Atsushi(Xブログ
1960年生まれ、三重県在住。大学で機械工学を学び、三菱自動車で37年間生産技術エンジニアとして勤務。留学や海外駐在経験はないものの、定年後「好きなことを仕事にしたい」と50代から英語を学び、国家資格・全国通訳案内士を取得。現在はインバウンドツアー添乗、通訳ガイド、企業研修通訳などに従事。2025年には大阪・関西万博コモンズ館でアシスタントディレクターとして勤務。趣味はクルマ、バイク、お酒。夢は好きな分野で通訳を続け、楽しく誇らしく一生現役!