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40年前、レコ大新人賞に輝いた“優しくて哀しい”静かなポップ “松任谷夫妻が手がけた”アイドルソング

  • 2025.11.1

「40年前の秋、どんな風が吹いていたか覚えてる?」

街を歩くと、ウィンドウに映る新しい季節の色。学生服の肩に触れる風が、少しだけ冷たくなり始めるころ。まだカセットテープが主役だったあの時代、街角のスピーカーから流れてきた一曲が、秋の空気をやわらかく染めた。

松本典子『さよならと言われて』(作詞:銀色夏生・作曲:呉田軽穂)――1985年9月21日発売

儚くて、まっすぐな17歳の光

1985年、17歳の松本典子は、デビュー間もない新星として脚光を浴びていた。彼女の3枚目のシングルとなったこの曲は、松任谷由実(呉田軽穂)と松任谷正隆夫妻、そして銀色夏生という豪華な顔ぶれが手を組んだ作品だ。

作詞の銀色夏生は、大沢誉志幸『そして僕は途方に暮れる』で知られる詩人肌の作詞家。その繊細で少しかげのある世界観が、松本典子の透明な声と見事に融合した。

作曲を手がけたのは呉田軽穂こと松任谷由実。彼女が松本に描いたメロディは、どこか少女の未完成な心をそのまま音にしたようで、淡い哀しみと澄んだ優しさが同居している。編曲は松任谷正隆。ユーミン作品でもおなじみの立体的なサウンドワークが、アイドルソングの枠を軽やかに飛び越えていた。

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松本典子-1985年撮影(C)SANKEI

「言えない気持ち」を音にした名編曲

イントロのエレビは、心の奥底にすっと染み込んでいく。温もりが包み込む全体のアレンジ、ささやかな風のようなギターの音が少女の心情をそっとなぞるように鳴る。

Aメロでは声の余白が大切に残され、サビで一瞬だけ光が差す――そんな緩やかな抑揚がこの曲の魅力だ。“切なさ”を叫ばずに伝えるための引き算の美学。それが松任谷正隆のアレンジの真骨頂だった。

このバランス感覚は、松任谷夫妻が多くの女性アーティストを支える中でも特に際立っている。アイドルの声に寄り添いながら、作品としての完成度を高める。まさに“歌の中に物語を作る”職人技といえる。

松本典子という存在の特別さ

松本典子は「派手さ」よりも「自然体」で人々の心を惹きつけたアイドルだった。笑顔も仕草もどこか素朴で、“普通の女の子が、そのまま歌の世界に立っているように見える”

そのリアリティが、この曲の中でより鮮明になっている。

彼女の声には、無理に届かせようとしない距離感がある。サビの高音も力任せではなく、柔らかく、聴く人の記憶にそっと触れるように響く。まるで、誰かの胸の奥に手紙を残していくような歌い方だ。

清楚系の中に芯の強さを感じ、彼女の存在は単なるアイドルの一人を超えた。少女の儚さと大人への入口、その狭間に立つ17歳の“気配”こそが、松本典子の最大の魅力だったのだ。

受賞が示した「静かな実力」

『さよならと言われて』は、第27回日本レコード大賞新人賞を受賞。派手なヒットこそなかったものの、楽曲の完成度と歌声の清潔感が高く評価された。1985年という年はアイドル戦国時代とも言える激戦期。そんな中で“実力派”として確かな爪痕を残したのが松本典子だった。この作品が象徴するように、彼女の音楽には“華やかな売れ方”ではなく、“静かに残る”強さがあった。

今も秋風の中で聴きたくなる理由

40年が経った今、この曲を聴くと、どこか懐かしい風景が浮かぶ。

夕暮れの放課後、制服のポケットにしまったままの手紙。言葉にできなかった想い。そんな記憶が音と一緒に蘇る。

「さよなら」と言えなかった誰かを、今も心のどこかで覚えている。

だからこそ、『さよならと言われて』は時を経ても色褪せない。呉田軽穂の旋律と銀色夏生の詞、そして松本典子の声が描いたのは、ひとりの少女が“恋を知る瞬間”の空気そのものだった。

秋の午後、少しだけ切ない風が吹いたら、この曲を聴いてみてほしい。その風の中には、1985年の柔らかな光と、まだ見ぬ未来へのときめきが、きっと静かに混じっている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。