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9年前“社会現象を巻き起こした”有名脚本家による月9ドラマ、集結した3人の“主役級”のヒロインたち

  • 2025.12.1

フジテレビの“月9”枠にて、2016年に放送されたテレビドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(以下『いつ恋』)は、かつて『東京ラブストーリー』で社会現象を巻き起こした脚本家・坂元裕二が、同枠で久しぶりに挑んだ恋愛物語だった。

坂元裕二らしい気の利いたセリフと、社会の現実を見つめるまなざしが絶妙にマッチした恋愛群像劇として好評を博した本作。主演の有村架純をはじめとする主要キャスト陣の魅力もあいまって、東京で生きる地方出身者たちの切実な実情と、すれ違う恋愛模様を切なく描いた秀作として、今見ても色あせない魅力を放っている。

3.11を境にすれ違う男女の物語

物語は北海道から始まる。東京で引っ越し業者をしている曽田練(高良健吾)は、友人の中條晴太(坂口健太郎)が拾ってきたカバンの中に手紙を見つける。それが北海道の女性・杉原音(有村架純)のものだとわかり、練はトラックで北海道まで向かい、届けに行く。両親の死で義理の両親に育てられた音は、義父の言いつけで望まぬ結婚を迫られていた状況から抜け出すために、練のトラックに乗って上京。しかし、2人はふとしたことではぐれてしまい、1年が経過。

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有村架純 (C)SANKEI

練は日向木穂子(高畑充希)と付き合っているが、お互いを好きなのかどうかわからないでいる関係だった。練の長馴染みである市村小夏(森川葵)は、練に好意を寄せている。そして、音は介護の職を得てなんとか東京で暮らしており、介護施設経営者の御曹司である井吹朝陽(西島隆弘)と出会っていた。

そんな音と練が1年ぶりに再会することから物語は大きく動き出し、それぞれの想いが交錯していく中、時間は2011年3月11日へと向かっていく。

本作の特徴は、全10話を2部構成に分割している点だ。5話までが2011年、6話以降はその5年後のエピソードが描かれる。ふとしたことで出会った男女が、またふとしたことで離れ離れになってしまい、長い年月が流れていく。そして、またふとしたことで再会する。出会えていることの奇跡とかけがえのなさを感じさせる構成だ。

また、キャラクターたちの置かれている状況が貧困であることも本作を特徴的なものにしている。主人公の練は職場でいじめに遭い、かつ過酷な肉体労働を強いられるなど、経済的に余裕のない様子が多く描かれる。音も派遣の介護職で低賃金労働に従事しており、格差社会になりつつある現代日本を程よく反映した内容となっている。この頃の坂元裕二は、『問題のあるレストラン』や『Woman』など社会問題を盛り込んだ脚本を執筆することが多くなっていたが、東日本大震災を中心に物語の構成を組み立てている点も含めて、そんな彼の持ち味が発揮された内容と言える。

ヒロインたちの輝き

そんな社会を見つめる鋭いまなざしとともに、坂元裕二の得意とする洒脱なセリフが物語を彩っている。練と音が互いにこうすればいいのに、という本音をわざわざ「独り言ですけど」と注釈をつけながら会話するシーンなど、気の利いたシチュエーションが満載。曇った窓ガラスに指文字で会話させたり、ゴミ捨て場で漏れ聞こえてくるコンサートの音に聞き入るシーンなど、ユニークな描写が目を引く。

また、地方出身者が多く集まる物語であるため、方言も重要な要素になっている。気持ちが高まり本音を吐露する時には方言が出たり、実は冷たく当たってきた会社の先輩が同郷であることを示すために方言が用いられたり、一流の脚本家らしい、言葉を使った描写の秀逸さも本作の大きな魅力となっている。

また、その脚本を体現する役者陣の中でも、特に光るのは3人のヒロインだ。そのどれもが大きな輝きを放っている。主演の音を演じる有村架純は、過酷な運命を背負っているが芯の強さを感じさせる芝居で全体を牽引する存在だ。ふとした瞬間に見せる笑顔、不自由な生活の中でも良いものをみつけようとする様が多くの共感を呼んだ。

一方、高畑充希が演じた木穂子は、東京に生きる人の虚勢とそれに疲れた人を象徴する存在だ。練の前では着飾って、バリバリ働いているキャリアウーマンを装っていたが、その仮面を脱いで素をさらけ出していくようになっていく。地方出身者の東京で生きていくための、精神的な苦労のようなものを象徴するキャラクターだった。この2面性を、高畑充希が本来持つ素朴さによって巧みに表現されていた。着飾っていた時も、どこか無理をしているような印象を上手く作っていたといえる。

練と同郷で、何者にもなれないと焦燥を抱える小夏を演じる森川葵は、音や木穂子のような複雑な葛藤よりも、ストレートな感情を表に出すタイプとして、作品にアクセントを加えていた。

三者三様のヒロイン像が提示されていたことによって、このドラマは多くの人が誰かに共感できる作品になったと言えるだろう。本作が支持されたのは、今の社会を生きる人々が描かれていたからであり、苦しい状況でも人はいつのまにか恋に落ちることがあり、そんな一つひとつの思い出がかけがえのないものだと描かれているからだろう。


ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi