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“朝ドラでも珍しい”ほどの重みを背負う女性「すごい表現力」強烈な存在感を放った女優と“忘れられないセリフ”

  • 2025.10.16
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『ばけばけ』第1週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』(主演:髙石あかり)第3回に登場した、遊女・なみ。橋の向こうへ泣き叫びながら連れ去られていった女性が、後の物語でふたたびヒロイン・トキの前に現れる。演じるのは、ロックバンド『ゲスの極み乙女』では“ほな・いこか”名義で活動している、女優のさとうほなみ。「おなごが生きていくには、身を売るか、男と一緒になるしかない」。そう言い切る声には、朝ドラには珍しいほどの重みと現実が宿っていた。

泣き叫ぶ女から、“目で語る女”へ。橋を渡った先の現実

縁日のざわめきのなか、借金のかたに売られていくなみは、抵抗し、泣き叫び、橋の向こうへと消えていく。トキ(子役・福地美晴)と父・司之介(岡部たかし)が、その光景をただ見つめる。

この場面は、父が商売を始めたことで、松野家に明るさが戻った矢先に訪れる。“貧しさからの脱出”という希望の裏側に、女性の生きる選択肢の乏しさが突きつけられる構図だ。

さとうほなみの体当たりの演技は、叫びながらもどこか静謐だった。彼女の存在が一瞬で、朝ドラの優しさのなかに現実の痛みを滑り込ませたのだ。SNS上でも「すごい表現力」と話題になった。

それから十余年後。トキ(髙石あかり)が成長し、没落した士族の娘として長屋に暮らすようになったころ、遊郭からふたたび、なみが姿を現す。かつて橋の向こうに消えた彼女は、いまや“目で語る女”になっていた。

「おなごが生きていくには、身を売るか、男と一緒になるしかない」

その言葉を、なみは嘆きでも諦めでもなく、乾いた優しさとして口にする。泣き叫んでいたあのころのなみが、現実を受け入れ、それでも他人を不器用に思いやる女になっている。この声の乾きこそが、さとうほなみの演技の核にある。

涙を見せず、感情を押し殺すことで、彼女は“泣き尽くした女”の静けさを体現している。

“美しさ”より“現実”を選ぶ演技

さとうほなみといえば、映画『彼女』では暴力と愛のはざまで壊れていく女を、『花腐し』では、男社会に翻弄されながらも自分を見失わない女優を演じた。いずれも“生きることの汚さ”を恐れず、役の痛みを体で受け止める表現で、観客の記憶に残った。

『ばけばけ』のなみも、その延長線上にある。体当たりの激しさから一転し、朝ドラでは“抑えの演技”で勝負する。泣くでも笑うでもない、微妙な表情。声に出す前の“息”の演技が、なみの生きてきた年月の重さを伝える。“美しく見せない”ことを通して、現実のなかで生き延びる女性の等身大を描く。

『ばけばけ』のなみは、朝ドラ的ヒロイン像の外側にある。彼女は最後まで救われないかもしれないが、それでも他者を気にかけてみせる。その強さと哀しみの同居が、さとうほなみという女優の真骨頂に思えてならない。

“地続きの地獄”を生きる女『べらぼう』との共鳴

SNS上では、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の遊郭の地獄と地続きである、として話題になっていた。確かに、時代も場所も違えど、そこに流れる女性たちの“声にならない声”は同じだ。

「女が生きていくには身を売るか、男と一緒になるか」。このセリフが重く響くのは、それが決して“過去の時代の話”とは言い切れないからだ。令和のいまでも、貧困、性搾取、家庭的役割など、女性の生きる手段が、社会構造に縛られている現実がある。

なみの言葉は、明治の遊郭から、現代社会のガラスの天井へと響く。だからこそ、さとうほなみの演じるなみは“被害者”ではなく、社会を見つめ返す語り手としての存在感を放っている。朝ドラという希望を描く枠のなかで、彼女は“希望を語ることの難しさ”そのものを演じているのかもしれない。

初登場の“橋のシーン”は、『ばけばけ』全体を象徴する場面でもある。橋は常に、この作品のキーワードだ。貧富、身分、そして生と死。なみが連れ去られた橋の向こうは、トキたちにとって恐れと未知の象徴だった。

なみは、“橋の向こうでたくましく生き延びるすべての女性たち”を代表している。その存在があるからこそ、ヒロイン・トキの物語に厚みが出る。橋を渡るという行為自体が、このドラマの“再話”の構造を体現しているのだ。

さとうほなみの芝居は、その“語り継ぐ者”としての責任を、まるで呼吸するように背負っている。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_