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吹きガラス作家・蠣﨑マコトが選ぶ、いまセンスがいいもの

  • 2025.9.25
Anri Yamada イラスト

センスとは、その人にしか作れない造形を追求できる力

宙吹きの技法で、透明度の高いガラスの作品を作っている蠣﨑(かきざき)マコトさん。アートのように印象的なガラスの照明や、底に“角”がある直線的なワイングラスなど、「まだ世の中にないもの」を生み出し続けているガラス作家だ。

そんな蠣﨑さんがものの良し悪しを見極めるときの基準にしているのが「その人にしかできないもの」であるかどうか。

「奇を衒(てら)うという話ではありません。例えばほかの人が作ろうとしても難しくてできなかった形を、研究を重ね技術を磨いて実現した。そういうものにセンスを感じます」

陶芸家では抽象画のような景色を宿す作風で知られる田淵太郎。香川の山奥に自力で窯を築いた田淵は、窯の炎や降り注ぐ灰によって白磁の表面に変化を生む、独自の「窯変(ようへん)白磁」に辿り着いた。

「こういう形や景色を生み出したい、と思い描く理想があり、それを実現するために誰とも似ていない技法に挑んでいるんです。岐阜県の打田翠さんが作る器も唯一無二。手びねりとは思えないほどすっきりした仕上がりでありながら、手びねりだから表現できる柔らかな線や丸いふくらみを感じさせる。相反する形が両立しています」

田淵太郎の陶器
自ら確立した「窯変白磁」のオブジェや器、花入れを作る香川県の陶芸家。「ストイックに焼き物と向き合って積み重ねてきた経験と、薪窯ゆえの偶然性を生かしながら作っているのだろうと思います。壁掛けの花入れには珍しいミニマムな四角形と、薪の灰と炎から生まれる景色とが、美しく響き合っています」
打田翠の陶器
匣鉢(さやばち)という鉢に、成形した器と籾殻(もみがら)を詰めて窯で焼く「炭化焼成」で、器やオブジェを作る。すっきりした造形は轆轤(ろくろ)ではなく手びねりによるもの。釉薬は使わない。「有機的な形と淡い色のバランスがとてもいい。色のグラデーションは炭化焼成により、美しい偶然を引き寄せてくるように生み出されています」

さまざまな作風に挑戦するのではなく、一つのことを真摯に追求し続ける姿勢にも共感する。「木工作家の松村亮平さんが手がける〈ANTIPOEME〉もそう。1本脚のテーブルやフレームの細い椅子など、すっきり見せるギリギリを攻めているにもかかわらず、技術の高さによってまったく危うさを感じさせないのが素敵です」

ANTIPOEMEの家具
香川県高松市で仲間と古書店カフェ〈へちま文庫〉も営む松村亮平の家具ブランド。松村はジョージ・ナカシマの家具で有名な〈桜製作所〉でも腕を磨いた木工作家だ。「広くはない空間用に特注した1本脚テーブルは、角に足をぶつける心配がないなどの利便性と、物としてのソリッドな美しさを備えています」
レ・フレール・スーリエのワイン
スーリエ兄弟が2014年に南フランス・ガール県で始めた自然農法のドメーヌ。右は「レ・ドゥス・ド・ラ・テール」2019年。「エチケットに込められた思いを聞いて、もの作りにおける姿勢に共感しました。味もめちゃくちゃおいしくて、これをきっかけにナチュラルワインを飲むようになったほど」

蠣﨑さんはまた、背景に作り手の意志を感じるものにも惹かれると話す。フランス〈レ・フレール・スーリエ〉のナチュラルワインと出会って驚いたのは、ぼろきれの写真を使ったエチケットだ。

「そのぼろきれは、造り手のスーリエ兄弟が、コットンの下着を畑に埋めて数ヵ月後に掘り出したもの。“何十年も農薬を使っていないウチの畑には、こんなに微生物がいる”という証しなんです」

こういうセンスを身につけるためには、発信することが大切だと蠣﨑さんは言う。自分の中にあるものを選んで練ってアウトプットすることで、考えや言葉も洗練され、センスが構築される。

「発信とは世の中に見てもらうこと。僕で言えば、新作を作り企画展を開くことですね。さまざまなセンスを持つ人に見られ、時に厳しい声を聞くことで、気づかされることがあるし、世の中にないものが作れるようになるんです」

TENK/テンキュウカズノリ設計室
住宅を多く造る岡山の建築家、天久和則。イラストは、そのシンプルな作風に惹かれて設計依頼した蠣﨑さんの自宅兼ギャラリーだ。「よくある切り妻屋根も、勾配のつけ方や2層分の屋根の位置をずらす工夫でカッコよく仕上げている。部屋の仕切り方や繋げ方も抜群に上手。どこにいても空間がきれいに見えるんです」
グラフペーパーのパックTシャツ
シンプルな白Tシャツ2枚組。「日本で数台だけという吊り編み機で作られる。その背景にも惹かれ、ずっと買い続けています。よれないし透けないし、脇に縫い目がなく、気になるところが何もない。展示会にもこれを着て行くし、汚れてきたらアウトドア、その後は寝間着に……というくらい愛用しています」
日産ラシーン
1994年デビューのクロスオーバーSUV。「ラシーン」は羅針盤からの造語。「カクカクした形と、セダンでもワゴンでも純粋なSUVでもない中途半端さが好き。僕が乗っていたのはベージュですが、当時のCMで流れていたのは絶妙な水色のドラえもんカラー。曖昧な色で攻め切るセンスに脱帽しました」
シマノ カルカッタコンクエスト
「釣り好きです。道具は見た目が第一で、機能が伴っていればなおよし。『カルカッタコンクエスト』シリーズは、丸型リールでありながらエッジが効いた形が潔いんです。2024年に発売されたこのモデルは黒塗装。いままで定番的な金属色を作り続けていたのに、突然この渋い色。そのギャップに惹かれました」

profile

蠣﨑マコト(吹きガラス作家)

かきざき・まこと/1976年東京都生まれ。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科工芸デザイン機器専攻卒業。香川のガラス作家、深瀬貴彦に師事。2015年高松市に〈蠣﨑硝子工房〉設立。神奈川〈夏椿〉などに常設。

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