「主役はあくまでも服」──プロエンザ スクーラー出身のデザイナーが紡ぎ出す、メル・ユジーヌという“ナラティブ・ファッション”の世界【若手デザイナー連載】

ニューヨークのメトロポリタン美術館コスチューム・インスティテュートと聞いて、モードの一大祭典メットガラ（MET GALA）を思い浮かべる人は多いはず。だが、デザイナーのスティーブン・ビガは、服飾とは全く関係のない、別の部門の展示からファッションのインスピレーションを得ている。2026年春夏ニューヨーク・ファッションウィーク期間中に自身のブランド、メル・ユジーヌ（MEL USINE）の初コレクションを発表した彼は、昨年当館を訪れ、14世紀後半に作家ジャン・ダラスが著した物語に登場する水の精霊メリュジーヌの存在を知り、魅了された。大まかにまとめると、メリュジーヌの伝承は次のような内容だ。正体を隠し、「土曜日に自分の姿を決して見ないこと」という誓約を交わした上で、メリュジーヌは騎士レモンダンと結婚する。だが、レモンダンはその誓約を破り、蛇になって沐浴をしている彼女の姿を覗き見てしまう。裏切られたメリュジーヌは竜となり、彼のもとを去る。「それを読んだ瞬間、自分にまさにぴったりなナラティブアーク（物語の始まりから終わりまでの出来事の流れを表す図）だと思ったんです」とビガは言う。

パーソンズ・スクール・オブ・デザインを卒業したビガは、ロダルテ（RODARTE）とプロエンザ スクーラー（PROENZA SCHOULER）を経て、ガブリエラ ハースト（GABRIELA HEARST）に入社。同メゾン在籍時に、独立することを頭の片隅で考え始めた。「誰かのためにデザインしているときの自分は、ある意味、役柄になりきるメソッドアクターのようなものです。それはそれで立派なスキルなんですが、独立について考えたとき、『自分のためだけに物作りをするとしたら、何を作るだろう？ 自分は何が好きなんだろう？』と思ったんです」。そしてビガは、自分が“物語性のあるファッション”に惹かれることに気づいたという。「何の背景も文脈もなく、ただの白い部屋に飾られるようなドレスには興味がありません。自分のブランドで、どうしてもひとつの世界を作り上げたかったんです。ブランド名は『メリュジーヌ』を、『メル』という名前と『ユジーヌ』という苗字に分けたペンネームで、どこか漠然としています。当初から主役は服にするつもりだったので、自分にちなんだブランド名にする気は全くありませんでした」

自称“歴史オタク”であり、生地マニアでもあるビガは、メル・ユジーヌの初コレクションのために、イタリアの織物工場と共同で青いストライプの亜麻リネンを開発し、ウエストが絞られた額縁仕立てのワンボタンブレザーやロングスカート、ボレロに使用した。柔らかなラムスキンレザーから作られた別のボレロは、鎧のような雰囲気を醸し出し、シルバーのニットマキシ丈ドレスも中世ヨーロッパの世界観を感じさせる。

テーラードピースを除くと、ギヨーム・ド・ロリスとジャン・ド・マンによる『薔薇物語』を彷彿とさせる、ゆったりとしたシアーアイテムや、中世ヨーロッパらしい仕上げの袖や裾のデザインがコレクションのほとんどを占める。ビガの目標は、ニューヨークのファッションシーンに、ロマンティックな感覚と、“ヨーロッパの感性”と彼が定義する、詩的なフランスらしさをもたらすことだ。そして彼が発表したデビューコレクションは、間違いなくそのふたつを湛えていた。「ヨーロッパの神話を枠組みに、ニューヨークという街で世界観を作り上げているところが、メル・ユジーヌというブランドのクールなところだと思います」とビガは語る。「フランスの野原に佇むジャンヌ・ダルクならピンと来ますけれど、ニューヨークの地下鉄に乗っている騎士というイメージには、別次元の面白さがありますよね。こういった少し中世風の要素やロマンティックな要素にモダンな感覚を吹き込み、取り入れるのを大切にしています」

Text: Laird Borrelli-Persson Adaptation: Anzu Kawano

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