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朝ドラで“11年前の名作”以来の挑戦「期待しかない」「泣けて来ちゃった」“朝ドラらしい日常”が描かれる新ドラマ

  • 2025.9.26
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『ばけばけ』第1週(C)NHK

2025年9月末から新しく始まる朝ドラ『ばけばけ』。そのタイトルからして、すでに「期待しかない」「もう泣けて来ちゃった」と視聴者の想像を刺激してやまない。怪談を愛する夫婦の物語と聞けば、どこかおどろおどろしい世界を思い描くかもしれないが、実際には「この世はうらめしい。けど、すばらしい。」というキャッチコピーが示すように、ユーモアと切実さが同居する、朝ドラらしい“日常”が描かれるという。

『マッサン』との比較:ジェンダー的逆転の意味

本作のモデルは、松江に暮らし“怪談”で知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻・セツ夫妻。朝ドラ史を振り返っても“国際夫婦”を正面から描くのは珍しいが、とりわけ注目したいのは、今回は“日本人女性ヒロイン×外国人夫”という構図に置き換えられている点だ。

朝ドラで国際夫婦を描いた代表例といえば、2014年放送の『マッサン』だろう。ウイスキー造りに挑む日本人男性・亀山政春(玉山鉄二)と、スコットランド出身の妻・エリー(シャーロット・ケイト・フォックス)の物語は、文化的な衝突や葛藤を描きながらも、最終的には“愛がすべてを越える”という普遍的なテーマに昇華した。

『ばけばけ』は、まさにその逆転版とも言える。ヒロイン・松野トキ(髙石あかり)が日本人女性として物語の軸を担い、そこに外国人夫・ヘブン(トミー・バストウ)が寄り添う。異文化のなかに飛び込むのが女性側という設定は、ジェンダー的に見ても大きな意味を持つ。

迎え入れるのではなく、迎え入れられるヒロイン像。異文化交流のなかで主体的に生きる女性像は、現代の視聴者に強い共感を呼ぶだろう。朝ドラの定番“ヒロイン成長譚”に、異文化を通じた自己変容がどう重なっていくのか。

光と影を抱えるヒロイン

ヒロイン・松野トキを演じるのは、オーディションで満場一致の支持を得た髙石あかり。3000人近い応募者のなかから、熾烈な競争を経て3度目の挑戦にして射止めた座であり、すでに“令和の朝ドラヒロイン”として注目を集めている。

幼少期から世をうらみ、貧しい日々を背負うトキは、単なる明るいヒロイン像に収まらない。うらめしい現実と向き合いながらも、外国人の夫とともに“怪談を愛する日常”を生きるようになる。

髙石の強みは、透明感と芯の強さだ。繊細さを湛えつつも、ふとした瞬間に放たれる鋭い眼差し。その表情の切り替えは、光と影を同時に抱えるヒロインを演じるうえで大きな武器となるだろう。

怪談という“影”のモチーフを物語に取り込みつつ、トキが“光”を見出していく姿を、どう演技で表現するか。彼女にとって女優人生の大きな転機になることは間違いない。

ふたりのケミストリー “国際夫婦の温度感”

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

ヒロインの夫・ヘブンを演じるのは、イギリス出身の俳優トミー・バストウ。舞台経験も豊富で、ドラマ『SHOGUN 将軍』など国際的な作品でも存在感を示してきた。彼が持ち込む“異文化性”は、物語に新しい風を吹き込むだろう。

英語と日本語の行き来、文化の違いに戸惑いながらも妻を尊重する姿。彼の演技が単なる外国人枠を超え、人物の奥行きをどう描き出すかが見どころになる。

また、夫役をめぐるオーディション応募数は『マッサン』の約3倍だったという。その数字が示すのは、それだけ“国際夫婦”というテーマが注目を集めている証拠でもあるのではないか。高倍率を勝ち抜いた実力と個性が、朝ドラの伝統的フォーマットにどんな新鮮さを与えるか。

本作がもっとも注目されるのは、やはり髙石あかりとトミー・バストウという、ふたりの俳優が織りなす“国際夫婦の温度感”だろう。

彼らの日常は決してドラマティックな大事件ではなく、怪談を語り合い、日々の暮らしを重ねていくというささやかなもの。だが、その“ささやかさ”のなかにこそ異文化の衝突と融合、そして愛情の深まりが潜んでいる。

髙石が演じるヒロインの“影を抱えたまなざし”と、バストウが演じる夫の“柔らかい異国の眼差し”。ふたりの視線が交わる瞬間、そこには国境や時代を超えて共有できる普遍的な感情が立ち上がるはずだ。

『ばけばけ』は、この化学反応を丁寧にすくい上げることで、朝ドラの新しい夫婦像を提示することになるだろう。

“異文化を迎え入れるヒロイン”の物語へ

『ばけばけ』は、一見すると怪談を題材にしたユニークな作品に見える。しかしその本質は、異文化を迎え入れ、ともに暮らす夫婦の姿を描く愛の物語だ。

『マッサン』が描いた、外国人妻を迎える物語から11年。今度は、外国人夫を迎え入れるヒロインの時代がやってきた。これは朝ドラ史におけるジェンダー的な逆転であり、新たな夫婦像を刻む挑戦でもある。

髙石あかりが光と影を演じ分けることでヒロインの成長を示し、トミー・バストウが異文化の厚みを加える。ふたりのケミストリーが成功すれば、『ばけばけ』は朝ドラに新しい扉を開くだろう。放送前のいまだからこそ、視聴者がもっとも期待すべきは、この“国際夫婦のまなざし”が描き出す未来なのである。


NHK 連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_