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25年前、日本中に静かに響いた“不器用な攻撃性ラブソング” ただの大学生“大ブレイク前の伏線デビュー作”

  • 2025.8.10

「この声、なんなんだ――」

2000年の夏、J-POPの流れの中に、不意に現れたひとつの“ひっかかり”。それは爆発的なヒットではなかったけれど、確かに何かを変え始めた1曲だった。

矢井田 瞳『B’Coz I Love You』(作詞・作曲:ヤイコ)――2000年7月26日リリース。

彼女にとってのメジャーデビュー作であり、その後の大ブレイクにつながる伏線のような1曲でもある。

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大学卒業で取材を受ける矢井田 瞳 (C)SANKEI

音楽にのめり込んだ“たった2年”の始まり

デビューを迎えた2000年、彼女はまだ、フランス語を学ぶひとりの大学生だった。

音楽で生きていこうなどとは、最初から考えていたわけではない。ただ、19歳のときに何となく始めたギターが、思いがけず彼女の人生を動かしていく。そこから一気にのめり込み、わずか2年後にはプロとしてステージに立っていた。

軽い気持ちで手に取ったはずの楽器が、本気の努力と直感に引っ張られるようにして、誰にも似ていない“声と音”を育てていく。

『B’Coz I Love You』には、そのスタート地点の熱と迷いが、そのまま詰め込まれていた。

まだ何者でもなかった彼女が、何者かになっていく途中の、その息づかいごと。

「畳の部屋にレスポール」が象徴した、静かな異物感

この曲のミュージックビデオには、畳の部屋でレスポール(エレキギター)を抱える彼女の姿が映っている。

和室の静けさに、電気を通すギター。あまりにもミスマッチな組み合わせは、どこか“くせ者”のような存在感を際立たせていた。

整った空間の中に、ぽつんとある異物。

そのギャップこそが、彼女の音楽の出発点だったのかもしれない。

派手さはないのに、視線を奪う。語らずとも、“何かが始まりそうな空気”だけは、強く伝わってきた。

感情は、整理されないままぶつかってくる

『B’Coz I Love You』というタイトルからは、ただのラブソングを想像するかもしれない。でも、この曲に詰め込まれているのは、そんなにきれいな感情じゃない。

冒頭から「死ぬまで好きと言って」と切り出し、「一度も休まず愛して」と続ける。

愛されたい気持ちが、物足りなさとなって相手に向かう。

そして最後には、「一人でなんて生きられない」と、自分の弱さまで吐き出してしまう。

その奥には、ほんの少しの攻撃性も見え隠れする。

感情が整理されないまま、勢いのまま言葉になって飛び出してくる。

その言葉たちを、矢井田瞳は真っ直ぐで鋭いボーカルで受け止め、放つ。一音一音に確かな圧と体温がある。

優しさよりも、痛みが強く滲む。

それでも「好き」と言わずにいられなかった――そんな不器用な感情のかたまりが、この曲には、そのまま焼きついている。

説明できないけど、癖になる声

矢井田瞳の声は、「こういう声」とはっきり言い表しにくい。

柔らかいようで、ざらついていて。引っかかるのに、不思議とすっと耳に馴染む。

聴いた瞬間は違和感。でも、もう一度聴きたくなる。

そうやってリピートするうちに、「あの声がないと落ち着かない」とすら感じるようになる。

派手な技巧や圧倒的な歌唱力ではなく、“声の在り方そのもの”で人を惹きつけるアーティスト

矢井田瞳は、そんな稀有な存在だった。

音楽ファンの耳が、先に反応していた

この曲で大ブレイクしたわけではない。でも、音楽ファンの間では確実に注目され始めていた。

「なんかこの人、気になる」

「この声、もうちょっと聴いてみたい」

そんなざわつきが、ゆっくりと広がっていく。

2か月後――2枚目のシングル『my sweet darlin’』で、彼女は一気にJ-POPのど真ん中へ飛び出す。

だけど、その快進撃の“前触れ”は、この1曲にすでに刻まれていた。

これは“ブレイク前夜”の、静かな衝撃だった

『B’Coz I Love You』は、後年の代表曲のような華やかさはない。

でも、あの声が最初に鳴った瞬間の空気の変化は、今でもはっきりと思い出せる。

名前を覚えるより先に、声を覚えた。

そしてその声が、確かに音楽シーンの中で何かを動かし始めていた。

あれは、始まりの音だった。

ひとりのアーティストが、“ただ声だけで世界を変えていく”物語の、静かなプロローグ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。